2 法力の源
城にあがって五年。ジュスティーヌは、十五歳になりました。
白銀の髪は艶やかに広がり、色白の肌は美貌をゆるぎないものへと押しあげます。城内を歩いていても、その姿に見惚れる者があとをたたず、用事があって城へあがった若者などは、城下へもどると、巫女姫のうつくしさを声高に語るのでした。
そのころになりますと、ジュスティーヌと年の近い、傍つきの資格を得た騎士たちがあらわれるようになります。ただの騎士ではなく、巫女の騎士となる専門の訓練を積んだ若者たちです。
セフィドの騎士は複数名で構成されます。常にだれかが傍にいられるよう、交替制がとられているのです。
先達の騎士とともに、新任の騎士がつくことも増え、ジュスティーヌもすこし緊張します。こんなふうに、おなじ年頃の男の子と接するのは、ずいぶんとひさしぶりでしたから、気恥ずかしいところもありました。
かつての巫女たちから、話も聞いています。
セフィドの巫女と結ばれるのは、セフィドの騎士である。
巫女たちは、己を守り、傍で支えてくる騎士のひとりと、将来を共にする。
任を解かれるときに、騎士のひとりを選ぶくだりは、戯曲でもっとも力をいれられる場面でもありました。
物語として見聞きしていたそれを、いつか自分も体験するのかと思うと、騎士たちとどう話をすればいいのかわからなくなるのです。
ずっと世話をしてくれている年かさの侍女は、そんな彼女の悩みなどわかっているらしく、優しくさとしながら髪をととのえます。
「そうと決まっているわけでもないのですよ、巫女姫さま」
「そうなの?」
「騎士ではない方と結ばれた巫女さまだって、たくさんいらっしゃいます」
「まあ、しらなかったわ」
「騎士と結ばれたほうが、素敵なロマンスですからねえ。そういった話のほうが、世間に広まりやすい。それだけのことですよ」
しっかりと見極められることです――と、侍女はほほえんで、言いました。実家の――本当の母親をおもわせる笑顔に、ジュスティーヌのこころはあたたかくなりました。
*
あら、あの子だわ。
塔に住んでいる少女の姿が、木々のあいだから見えました。長い髪が植えこみに引っかかったのか、なにやら格闘しているすがたが見えます。
そこに近づいてきたひとりの騎士が短剣を取り出して、少女の髪をぶっつりと切り落としました。ふぞろいになった一部を気にするでもなく、頭をさげた少女は、のんびりとした歩みで、塔のなかへと戻っていきます。
(……あれはひどいのではないかしら)
ジュスティーヌは、肩を流れる自分の髪を一房手にとって、くちびるをかみました。
法力を宿す巫女は、髪を大切にします。侍女たちがいうには、巫女の髪は伸びるのが早いそうです。いわれてみれば、ジュスティーヌの知るかつての巫女たちも、引退をしたあとでも長い髪の手入れが大変そうでした。
ジュスティーヌの髪は、それほど早く伸びるわけではありません。毛先をととのえることはあっても、巫女となってから髪を切ったことはないのです。
しかし、聞いていたほど――手入れが大変になるほど、長く伸びることがないのはどういうことなのでしょうか。
巫女の仕事はたくさんの人に認められ、儀式の数が増える一方です。他国の使者を招いての儀式となれば、連日でおこなわれることだってありました。そんな時はすこしだけつかれてしまいますが、起きあがれないほどではありません。
ですが、ジュスティーヌほど器の大きな巫女はいままでいなかったので、いまの状態が正しいのか、よくわかっていません。
何年も過ごすうちに、ジュスティーヌはそれを疑問に感じるようになっていました。
身体を流れる法力と、溢れだす法力が、どうにも釣り合っていないのです。
陣により、増幅されているのかもしれません。巫女の身体に負担をかけないよう、尽力していることは知っていますが、この違いは「すこし手を貸した」程度ではないと思うのです。
巫女の勉強と称して城の蔵書を読んでいますが、身の内以上の力を放出する事例など、載っておりません。
前例がない。
そんな言葉で納得できる幼さは、とうになくなっていました。
ジュスティーヌが、法力と宝玉の輝き方に不信感をいだいていても、儀式はつづいています。
最近のウィンスレット公国では晴天がつづき、雨が待ち望まれていました。雨天がつづくのも大変ですが、日照りだって問題です。
(お天気がよいほうが、悪いよりもずっといいことなのに、どうしてそんなに大変なのかしら?)
ジュスティーヌは祈りながらも、疑問に感じていました。
真に願わなければ、法力は応えてくれません。そのことに気づいて慌てたとき、足元の魔方陣がひどく輝きを放ちました。ジュスティーヌのなかにたゆたう法力は動いていないのに、おどろくほどに大きな力が溢れだし、宝玉となってあらわれたのです。
光の球は、ジュスティーヌの手のなかで輝きを放ちます。
これはいったい、どういうことなのでしょう。
はっきりとわかります。
それを掲げ持ちながら、ジュスティーヌの胸には、嵐のような感情がうずまいていました。
いちど経験すれば、それはあきらかでした。
宝玉のなかにある法力は、自分だけのものではありませんでした。
法力に色や形があるわけではありませんが、ジュスティーヌにはわかりました。
祈りの力だけではない、もっともっと大きな強い力。願いに比例しない力の源は、いったいなんなのでしょうか。
大地の力、大気の力。
それらは法力をつくる素となるものですが、宝玉のなかにあるのは、人の息吹をかんじる力です。エレメントそのものではなく、人の身体で作られたもの――命とよばれる力です。
ジュスティーヌが立つ前は、複数の巫女候補が合わさって宝玉を作り出していたといいますから、おなじように、誰かの力が加わっている可能性はありました。けれど、もしもそうだとしたら――
(このなかに、私の力なんて、本当にすこしだけだわ……)
国全体に広がっていく法力、自分がその一部でしかないのだとしたら。
ならば、あとの力は誰のものなのでしょう。
こんなにもたくさんの力を、いったいどうやって用立てているというのでしょう。
胸のうちがひやりとしました。
すばらしいと褒められることが、ほこらしくなくなりました。
ありがとうございますと頭をさげられるたび、胸がはりさけそうになります。
その尊敬が向けられる対象は、私ではないのに。
ジュスティーヌはある日、フックス宰相に悩みを打ち明けました。
フックスは顔をこわばらせたあと、「たしかに、補助している者はおります」と告げました。
「だれなのですか」
「申しあげるわけにはまいりませんな」
「ですが――」
「彼の者とて、それは望んでいないのですよ。ジュスティーヌ様に感謝し、その助けができるのであれば、法力をささげると申しております」
すべては、ジュスティーヌがつつがなく儀式に
その配慮なのだそうです。
「私は、知りたいのです」
「なりませんぞ」
「ならば、私だけの功績ではないのだということを、民に――」
「それこそ、ならん!」
フックスが大きな声をあげました。
巫女姫の気持ちはわかりますが、そんなことを明かしてしまえば「白き宝玉」の威光が消えてしまいかねません。セフィドの巫女という存在自体を軽んじることへつながるでしょう。
巫女が唯一ではないと知れば、どうなるでしょう。
ジュスティーヌとて、幼いころから「セフィドの巫女」という存在に憧れてきましたから、わかります。国を背負う女神のような巫女姫は、只人ではない、神聖な存在だと思って生きてきたのです。
それが、一人では力を生み出せず、他人の力を借りておこなっているだなんて、知りたくもないことです。
「あなたは巫女姫なのです。しっかりしていただかなければ、困りますなあ」
「……はい」
セフィドの巫女として立つということは、そのすべてを己の成したことだと受け止めることなのだと、ジュスティーヌはようやく知ったのでした。
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