光の章

1 セフィドの巫女

 ジュスティーヌ・イドゥベルガは、巫女となるべく育てられた娘でした。

 法力ほうりきは誰もが宿すものですが、それらをみずからの意思で引き出し、あやつることができる者は多くはありません。

 才ある者のみに許された力は、主に血統によって受け継がれており、セフィドの巫女は主に五つの家から排出されます。分家のなかに候補となる娘がみつかった場合には養女とし、後ろ盾となることが慣例となっているのです。

 ジュスティーヌもまた、そういった娘のひとりでした。

 政治的な思惑とは無縁の両親のもとで育ったジュスティーヌには、本家の当主が語るギラギラした野心は少々おそろしいものでしたが、巫女の修行自体はいやではありません。少女たちにとって、セフィドの巫女はあこがれの存在だったからです。

 白き宝玉をかかげる巫女と、そばで支える騎士の物語は、都で流布する戯曲の定番です。子ども向けの絵本もたくさんありますし、ジュスティーヌのような家に生まれた者にとっては、ただの「物語」ではありません。

 巫女をつとめた女性は何人もおりましたし、候補をふくめると、もっと数は多いでしょう。

 セフィドの騎士をつとめた男を父とする娘も多く、一族は、巫女とそれを支えた騎士たちによって構成されているのです。


 ジュスティーヌが生まれるすこしまえから、国はかたむいていました。

 正式な巫女がおらず、候補として名はあがったものの選ばれなかった娘たちがあつまり、なんとか必要な量の法力を用立てていたのです。

 ですから、お城へおもむき巫女の適性試験をうけ、たくさんのなかから選ばれたときは、とてもほこらしい気持ちになりました。

 十になったばかりのころ、ジュスティーヌは「セフィドの巫女」として、法力をあやつりささげる仕事をはじめました。

 うつわとしての仕事は、幼いころより周囲の者たちから教わっておりましたから、苦もなくこなすことができます。それでも、手のひらからちいさな輝きが生まれたときは、心臓が飛びだしてしまうのではないかと思うほどでしたし、掲げた宝玉が空へ浮かんだときは涙がこみあげてきました。

 ああ、わたしは巫女なのだ。

 こころがふるえました。

 この手が国をささえ、導き、安寧をもたらすのだというほまれたかい気持ちにあふれ、ジュスティーヌは涙をこぼしました。



 ジュスティーヌにはまだ騎士がいません。

 いま彼女を護っているのは、かつての騎士たちであり、一線から退しりぞいた者です。 

 巫女の傍に立ち、付かず離れず護衛する騎士は、当代の巫女に近しい年齢から選ばれることとなっています。それは、巫女とともに国をまもるために、若い世代を育てようという国の方針でした。巫女となった少女は俗世からは離れてしまいますから、おなじ年頃の者たちを配しているのかもしれません。


 今日のおつとめを終えて、ジュスティーヌはおおきく息をはいて、手をおろしました。

 身体の内側に流れる力はほんのりと熱をもち、血の流れとともに身体をあたためます。

 法力とは、なんと優しい力なのでしょう。

 この力をあやつるとき、ジュスティーヌはいつも神に感謝するのです。

「お疲れさまでした。休憩いたしましょう」

「まだへいきだわ」

「なりません。大切な御身、お大事になさってください」

 法力を放出したあと、みんなはたいそう優しくしてくれます。騎士たちはかつてのセフィドの騎士ですから、巫女の力と、法力をあやつったあとの疲労がどれほどのものであるかを知っているのでしょう。

 けれどジュスティーヌは、本当に平気なのです。

 宰相のフックスが言っていました。ジュスティーヌの器はとても大きく、たくさんの法力をあやつることができるのだと。いままでの巫女とおなじだけの力をささげても、ちっとも大変ではないのは、そのせいなのです。

「だから、だいじょうぶよ。私、もっともっとがんばるわ」

「――しかし」

「立派な心がけ、我々としても嬉しく思いますぞ」

 声をかけてきたのは、ジュスティーヌの世話をなにくれとやいてくれる宰相・フックスでした。

 ジュスティーヌの父親よりも年上の男は、大きなおなかをゆらして、のっしのしと歩いてきました。礼をとる騎士に目をやるでもなく、フックスはジュスティーヌに笑いかけます。

「儀式は見ておりました。大変すばらしい。神々しい輝きでした」

「もったいないおことばです」

「いまの若さであれほどの力をささげることができる。この先が楽しみですな」

「せいいっぱい、おつとめいたします」

 セフィドの巫女には任期がありますが、人によって年数は変化します。それぞれの力の大きさがちがうのですから、当然のことでしょう。過去の歴史をみれば、三十代になるまで巫女でありつづけた者もいるとありますから、本当にさまざまなのでしょう。

(大きな力をあやつる私は、長く巫女をつづけるのかしら)

 ジュスティーヌはそんなことを思いながら、日々、宝玉をささげつづけます。

 天上にかがやく白き宝玉は国をあかるく照らし、人々のこころにもあたたかさがもどってきました。

 年に一度、公にともなわれて民のまえに姿をあらわすことがあります。もっとちいさなころ、ジュスティーヌも見た光景です。かつては群衆のなかで見上げた巫女に、いま自分がなっているだなんて、不思議な気持ちでした。

 降りそそぐ陽の光が、ジュスティーヌの白銀の髪に反射して、うつくしくかがやいていました。



  *



 巫女としてのおつとめをはじめて、三年目。いつものように法力をささげたあと、ジュスティーヌはふと散歩がしたくなり、騎士を伴って城内を歩いていました。いままで行ったことのない場所へ足をむけたとき、木々のむこうに尖塔が見えて立ち止まりました。

 城の裏がわに来たのははじめてでしたから、あんなものが建っていることも知りませんでした。

 かたわらの騎士にたずねますと、すこし顔をゆがめて「巫女姫さまには関係のない場所です」とこたえます。

 物語で読んだ「物見の塔」というやつでしょうか。

 戦時などで、遠くのようすをうかがうために、高く作られている塔のことです。

 宝玉の力がはたらいているか、都のようすをながめるために、ああして建てられているのかもしれません。

 以来、気になって上の窓から眺めていると、ちらちらと光るものが見えることに気がつきます。それはどうやら人の頭のようで、誰かが塔に出入りしているのだとわかりました。

 じっと見ていると、騎士が目線のさきを確認し、ためいきをつきました。ジュスティーヌより五つほど年上の騎士に問うと、しぶりながらも答えてくれます。

 宰相のフェロンが後見についている、女の子がいるのだそうです。

 お目付け役として、かわるがわる人がついているらしいのですが、どうにもみすぼらしい子どもで、育ちがよいともいえない状態だといいます。上の命令ですからしかたがありませんが、できれば遠慮したいお役目だとか。ぼーっと寝てばかりいて、いつだって寝台のうえにいるのだそうです。

「それは病気なのではないかしら? お医者にみせたほうがいいとおもうわ」

「おやさしい巫女姫さまが、気をわずらわせることはありませんよ。ほうっておいてよいのですから」

 思いあぐねてフックスにきいてみますと、彼は彼で顔をしかめて、おおげさなため息をつきました。

 そうしてやはり、気にする必要はないというのです。

 しかし、ジュスティーヌの役目は、国民のためになること。

 であれば、あの女の子だって対象のひとりであるはずです。起きられないような病気をもっているのなら、助けてあげなくてはいけないでしょう。

「まこと、おやさしい。そうですな、あれ・・もすこしは外へ出て、陽の光をあびる生活をすれば、かわるかもしれませんな」

 フックスが手配をしたのでしょう。それ以降、塔の近くでゆっくりと歩いたり、壁を背に座っている女の子の姿を見かけるようになりました。お目付け役らしい騎士の姿も見られます。

(ああ、よかった。元気になったのね)

 ジュスティーヌは、神に――宝玉に感謝し、ますます力をこめて祈りをささげるのでした。



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