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無我夢中で走った。はっと気がつくと、良夫は幸太郎と並んで、すでに家の前に立っていた。

 幸太郎は、玄関横の表札に自分の名前を確認すると、何もいわずに鍵を開けて、あっさりと中に入っていった。

 なんだか、あまりにも軽率ではないか、とふと良夫は思ったが、父親の勢いを止めることはできない。幸太郎はもう家の中だし、自分はその父に後ろで見ておけといわれている。結局、それ以上の判断はしかねて、ともかく急いで父親の後に続いた。

 幸太郎夫婦がこの家を新築してから、すでに二三年が経っている。屋内に入ると、薄暗くて廊下の形も分からないような感じだったが、そこは勝手知った我が家だ。暗闇でも何処に何があるか幸太郎にはすべてわかっているはずだった。だから、目の前に異質な影が動いたのを見逃すはずはない。

 だが、突然、その影が幸太郎の肩を正面から鷲掴みにした。背後に隠れていた良夫が、心臓が潰れるかと思うほど驚いて金切り声をあげた。

「誰だ……」

 と、影が図太い声で詰問した。

 幸太郎も大柄なほうだが、相手の上背はそれ以上に大きい。と、その巨漢がううっとうめき声を上げて、背を丸めて縮こまった。後ろの良夫には、何がどうなったのかよくわからない。

 どうやら、幸太郎が相手の腹に一発突きを入れたらしい。

 男が腹を抱えてうずくまる姿を上から見下ろしながら、幸太郎は臆する様子もなく、落ち着いた声でいった。

「お前こそ誰だ」

 うめき声が止まり、背中だけの男が再び競り上がるようにして立ち上がった。

 その時、玄関に明かりが差し、周りがぱっと明るくなった。奥の居間から何人かの男たちが現れたのだ。それぞれゴルフ帰りの遊び人という格好だが、その目つきが一般人とはどこかかけ離れている。一見して、ただのこそ泥でないことは明らかだった。

 目の前の男は、さっきよりさらに一回りでかく見えた。岩のように巨大で、ゴリラのような顔をしている。狂気を含んだ鋭い目が圧倒的な迫力で幸太郎親子を睨んでいた。

「不意打ちとは卑怯だな。あんたがこの家のオヤジか?」

 尋ねられて、幸太郎は返答に躊躇した。

 いいえ、通りがかりの者です、といいかけて、後ろに良夫がいることに気づいたらしい。子供の前で、卑屈な態度は取れないと思ったのか、

「この家は私の家だ。勝手な事をするな」

 それだけをやっとのことでいった。

 すると、サングラスをかけて腕組みした男が一歩前へ出て、大男を制するように手を振った。どうやらこの男が首領格らしい。上背はないが、シャツの上からでも筋肉の盛り上がりがわかるほど引き締まった体躯をしている。が、目を隠しているためその表情はわかりにくかった。

「玄関では話も出来ない。中に入ってもらえ」

 サングラスの男が、人の肝をつかむような冷たく太い声でそういうと、大男が野獣のように咆哮した。

「中へ入れ」

 あっという間もない。幸太郎の体が横跳びに吹き飛ばされ、ふすまを倒して居間の横の和室に突っ込んだ。まるでちぎって捨てるかのように投げ飛ばされたのである。

 部屋の明かりが溢れて周りをさらに明るくし、良夫はそこにまた別の男が二人いるのを見た。その中を、幸太郎の体がゴム鞠のように撥ねて、転がり込んでいった。

 良夫は我を忘れて、父を追いかけようとしたが、後からその襟首を捕まれて体が宙に浮いた。

「やめろ、放せ!」

 大男に無造作に吊るされた良夫は、それでも精一杯もがいたが、ガリバーと小人ほどもある力の差はどうしようもない。

 良夫は幸太郎が投げ込まれた六畳の和室に、干しイカのような格好で運ばれた。そこはいつもなら幸太郎が寝転んでテレビを見ている場所だった。

 幸太郎は仰向けにされて、額に拳銃を突きつけられていた。もはや抵抗は出来ない。

 まさか、強盗が銃器まで持っているとは思いもしなかった。いや、この男たちは、ただのならず者の集まりではない。まるでひとつの戦略目的をもって組織された国際的テロ集団のようだった。

 幸太郎は、自分の腕っ節を信頼しすぎていた。慎重な対応をしなかったことを今さら悔いても悔い足りなかった。

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