ちょっと一休み
@skhope11
そばにいる
サッカーボールを追って、公園を出た時だった。
ブレーキの音が響いた。
振り向くと、トラックが目の前に迫っていた。
運転手の顔はひどく引き攣っていた。
みんなの悲鳴が響く中、俊輔は目を閉じ、身を縮めることしかできなかった。
学校からの帰り道、俊輔たちがわいわいがやがや話しながら帰っていると、ふいに風が追い抜いて行った。
「こらーっ、道いっぱいに広がって歩くんじゃない!」
すぐに怒鳴り声が飛んで来た。
俊輔たちが振り向くと、そこにはいつものように、顔を真っ赤にして怒るコラおじさんの姿があった。
「出た―っ!」
俊輔たちはいっせいに逃げ出した。
コラおじさん。
ジャケットに蝶ネクタイ、手にはステッキ、もじゃもじゃ頭には帽子と格好は洒落ているが、コラーっと何かにつけて怒るので、俊輔たちはそう呼んでいた。
道を渡る時は、左右を確認しろ! 自転車の二人乗りをするな! 道に急に飛び出すな! 火遊びをするな! 友達をからかって遊ぶな! 友達の悪口を言うな! 自転車の明かりをつけろ! ゲームばっかりしてるんじゃない! 暗くなったら、さっさと家に帰れ! コンビニの前にたむろってるんじゃない! ゴミをぽい捨てするな!
大きな目をかっと見開き、食われてしまいそうなほど大きく口を開け、顔を真っ赤にして怒る様子は本当に赤鬼のようなのだ。
砂かけお婆さんが犬を連れて散歩していた。
「こんちはーっ」
俊輔たちは軽く挨拶して横を走り抜けて行った。
「はい、こんにちは。気をつけるんだよ」
砂かけお婆さんはいつもの笑顔で答えてくれた。
砂田のお婆さんは犬が糞をした跡、焚き火の跡、道の窪み、水たまりなどを見つけると、いつも砂をかける。
砂は手さげ袋に入っていてハンドスコップでかけるのだが、無くならないという噂もあり、口の悪い者は砂かけ婆と呼んでいる。
「こらーっ、飛び出すんじゃない!」
俊輔たちが十字路に差し掛かると、再び怒鳴り声が襲いかかった。
振り向くと、にこにこ顔の砂かけお婆さんの横で、コラおじさんが今にも火を噴きそうなほど顔を真っ赤にして怒っていた。
俊輔は不思議に思った。
ただ一度、風が吹き抜けて行っただけだった。
トラックは確かに目の前に迫っていた。
なのに、ショックを感じない。
俊輔は恐る恐る目を開けた。
誰かがトラックの前に立ち塞がっていた。
手を広げ、まるで受け止めたかのように立っていたのは、驚いたことにコラおじさんだった。
俊輔は腰が抜けて座り込んでしまった。
ぽかんとしていると、みんなが駆け寄って来た。
「大丈夫か?」
みんな口々に聞いた。
俊輔はなぜか笑ってしまった。
助かったことがまだ信じられなかった。
トラックはすごい勢いで向かって来ていた。
止まったのは奇跡としか言い様がなかった。
誰かが前に立った。
見上げると、コラおじさんが仁王立ちになっていた。
「あれほど飛び出すなと言ったであろう!」
ゲンコツが頭の上に落ちた。
へらへら笑いは吹っ飛んで、急に恥ずかしくなった俊輔は、
「なにすんだよ!」
と言い返してしまった。
思い出したように汗が噴き出してきた。
分かってはいた。
しかし、言葉が続かなかった。
幸運にもトラックは止まってくれた。
しかし、もしかすると、コラおじさんもいっしょにはねられていたかもしれないのだ。
コラおじさんはそれ以上何も言わなかった。
大股で去って行く後姿を、風が唸りをあげて追いかけて行った。
あの日以来、俊輔たちはコラおじさんの姿を見かけなくなった。
砂かけお婆さんに聞くと、急な事情で引っ越してしまったとのことだった。
そう言えば、俊輔はコラおじさんがどこに住んでいたのか知らなかった。
引越し先を聞いても、砂かけお婆さんは遠くと言うばかりで教えてくれなかった。
「あの時のお礼を言ってないんだ」
俊輔は正直に言った。
にこっ。
砂かけお婆さんは嬉しそうに頷いた。
「心配ないわ。きっと見ていてくれるわ」
砂かけお婆さんはいつもの笑顔で、いつものように近くの窪みに砂を入れて去って行った。
俊輔は呆然とその後姿を見送るしかなかった。
ポケットに手を入れると飴玉があった。
中身を口に放り込み、包み紙を丸める。
これを捨てると、どこからかいつもの怒鳴り声が聞こえて来そうな気がした。
俊輔は包み紙を投げようとして止めた。
ポケットに突っ込む。
ざわざわと暖かな風が吹き抜けて行った。
どこかでコラおじさんが笑っているような気がした。
ちょっと一休み @skhope11
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