視線が怖い。
やなぎ
視線が怖い。
家を出ると、人の目が気になった。
笑っている人を見ると、自分が笑われていると思った。
視線が棘となって私に突き刺さる。
痛い、怖い、誰にも会いたくない。
会ったことも話したこともない人が私を見て笑うことなんてないはずなのに、人の視線が怖い。人が怖い。
そんな私の体験はきっとたくさんの些細なことの積み重ねにある。
小学生になった。新しい友達がたくさんできた。私の両親は共働きだったため、放課後児童クラブといって放課後、子どもたちが集う場所へ通っていた。
小学1年生、2つ歳上の男の子から、「デブ」と言われた。
何度もなんども、言われた。
次にはその男の子からだけではなく、男の子の同級生の女の子からも同じ言葉を浴びせられた。
怖い、怖い、怖い、こっちに来ないで。
教室1個分の空間、逃げることはできない。
友達と遊んでいても、その人たちが気になる。
「次はいつ同じ言葉を浴びせられるんだろう」
気になって気になって、遊ぶこともままならない。
その人たちから離れようと、私はいつも教室の隅っこにいた。
小学3年生、転校する男の子にさようならの手紙を学校で渡した。
手紙に手作りのお守りのようなものを同封した。
男の子は手紙をその場で開けて他の男の子たちと読み始めた。
私の作った下手くそなお守りを見て、「なんだこれ〜!」と嘲笑する。
手紙を読んだ人たちが私の方を見てニヤニヤしている。
手紙を渡しただけなのに、他にも手紙を渡した人なんてたくさんいたのに。
「なんで、どうして、悲しい」
ずっとずっとそんな思いばかりが頭の中をぐるぐるぐると、駆け回る。
小学5年生、大好きで大切な友達から裏切られ、大切にしていた服をバカにされた。
大好きな友達のA子と一緒にいたB子から、「ピンク!かわい子ぶってんの?」と言われた。A子はB子と一緒にいたから、止めてくれると思った。
大切にしていたピンクの上着を学校へ着て行った。廊下で大きな声で浴びせられた言葉、今でも忘れられない。
その後、私は大好きな服を着ることができなくなった。
中学1年生、同じクラスの男の子2人が私に聞こえるように悪口を言った。
放課後で、教室には2人の男の子と私の3人だけだった。
「あいつ、まじでデブだよな。ありえないわ〜。何を食べたらあんなになるんだろうな〜。(笑)ちょっとお前聞いてこいよ!」
ニヤニヤしながら私の方を見ている。
「え〜なんで俺が聞かなきゃならないんだよ!言い出したのお前だろ、お前が行けよ!」
「あんなデブとなんで話さなきゃいけないんだよ、嫌だよ」
私はその時、教室の自席に座って宿題をしていた。たった3メートル離れたところで繰り広げられるその会話がとんでもなく恐ろしかった。
逃げたくて、逃げたくて、たまらなかった。でも怖くて悲しくて、足が動かなかった。ただそこに座って、自分に向けて投げかけられる言葉を聞くことしかできなかった。
中学2年生、クラスで出場する合唱コンクールのパートリーダーになった。
もともと人前に出るのが好きではないが、誰もパートリーダを引き受けなかったため、引き受けることにした。
パートリーダは練習計画を決め、その日に練習する箇所を決めなければいけない。私は初めてのパートリーダーで勝手があまりわかっていなかったため、決定したことがあまりにもみんなの要望に合ったものではなかったのでろう。
決定したことを伝えてみると一部の人が、嫌そうな顔をした。
挙げ句の果てにはSNSで悪口を言っていたらしい、私への悪口を。
今までに書いたことにはもちろん私が至らない点もあって、投げかけられた言葉もあったのだと思う。
その言葉たちを真正面から受け止めてしまった私は、いつも人の目が恐怖となり、自分なんかが......と否定的になり人と関わることが怖くなってしまった。今思えば、そんな言葉たちなんて気にしなければよかったのに、とも思う。しかし、やっぱり忘れることができない、心に刺さった言葉たちを。
少しオシャレな店に行くにも私なんかがこんな店に入って、店員さんに変に思われないかとか、自分には似合わないから入らない方がいいとか思ってしまう。自分で自分を否定して生きている。
店側からしたら多くいるお客さんの中のたった一人のはず、心の中ではそれはわかっているのにやっぱり怖い、人から判断されるのが怖い。
先輩と関わることも、いじめられるんじゃないか、また悪口を言われるんじゃないかと恐れて、話すことができない。
中学校では先輩が一番少ない部活を選んだ。
高校は全校生徒が多い学校を受験した。全校生徒が多ければ、先輩に覚えられることもなければ、こちらが覚えることもないから。
できるだけ自分が自分で居られる道を選んだ。
自分に自信がない。
自信が欲しい。
他人の目なんか気にせずに生きたい。
何度そう思っただろう。
怖い。
悲しい。
見ないで。
何度心の中で叫んだだろう。
これからも私は生きている限りずっと叫び続けるのだろうか。
それともこんな私を変えられる日が来るのか。
普通の人なら感じていないであろうこの恐怖を私はどう処理すれば良いのだろうか。
わからなくて、怖くて、苦しんだ。
でも、高校生になって、少し、変わることができた気がする。
高校に入って、新しい友達ができて、周りの環境が変わって。
共通の趣味を持った友達ができた。
私のことを大切に思ってくれる友達ができた。
笑いあえる友達ができた。
今まで辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったこと、怖かったこと、すべて吹き飛ばしてくれるような素晴らしい友達ができた。
私はそんなたくさんの友達に救われた。
今でももちろん、小学生、中学生の頃の経験から人の目線が怖いことがある。
自分で変えようと思っても、変えられない自分の性格を変えようと努力するも、努力が報われない時もある。
でも、そこで踏ん張って、明日の自分のために努力をし続ける。
私と同じような思いを抱いている人もたくさんではないけれどいるかもしれない。過去の経験からではなくても、人の目が気になるという方がいるかもしれない。
ずっと辛い、悲しい、怖い、思いをしている方もいるだろう。
ずっとずっと暗い洞窟の中、どこに行っても見つからない光を探し続けて、でも、みつからなくて。そんな時間を過ごしている方もいるかもしれない。
探し続けて疲れたら、一度じっくり休めばいい。
また探せる気力が湧いてきたら探せばいい。
ゆっくりゆっくり自分のペースで、自分の光を見つければいい。
もしかしたら、光を灯したランプを持ってきてくれる人が現れるかもしれない。
私も今現在、まだまだ、光を探している途中。
早く見つけたいと思う時もある。でも、焦らず、ゆっくりと見つけていけたらいいと今は思える。
大切なたくさんの友達に出会えたから。
視線が怖い。 やなぎ @yanagi77
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