第4話

 騎士たちの防衛線は既に瓦解していた。

 防衛線は先頭車両から大体7、8メートルほどで展開されていた。リービープ達は俊敏に動き回る為、今となってはその距離は無いようなものだった。

 一体逃した事で調律が狂ってしまった。リービープとの駆けっこに騎士が勝てる訳も無く。

 この団体の命運は、ラウムただ一人の手に掛かっていた。


「よし、立てるな。うんうん、よかったよかった。でも、ここは危ないからお母さんの所に行っておいで」

「うん・・・。ありがと、お兄ちゃん」

 頭を軽くポンポンと撫でて、リティアは赤く腫れた目のまま、馬車へと戻っていく。

 窓や服に付着したリービープの血は、徐々に消え始めていた。

「あぁ・・・!よかったぁ!・・・ごめんね、怖かったね。でももう二度とあんな勝手な真似はしちゃダメだからね。・・・よかった」

 母親は叱ることは無かった。リティアをきつく抱きしめ、大量の涙を流しながら安堵に浸っていた。

「うん・・・うん」

 リティアは頷く。先ほどの光景を思い出し、母親の涙を知った彼女は、トラウマと共に、その身に命の尊さを刻み込んだのである。

 ・・・それでもやはり、未だ不安は拭えないのである。

 騎士が数人がかりで苦戦している魔物相手に、まだ若い少年一人が立ち向かって勝ち目はあるのだろうか。

 そんな心配を母親は胸に秘めたまま、リティアを強く抱く。


 同時刻、リティアが車内に入る頃、ラウムの正面には六体のリービープが迫って来ていた。

「お前、首落としたら死んでくれるんだろうな?頼むから首無しで活動とかしないでくれよ気持ち悪いから」

 苦い顔をしながら、独り言にしては長い事を言うラウムに、前線の騎士が気付く。

「な、なにやってるんだ!こいつらは危険だ!早く中に戻るんだ!」

 リービープを抑えるのに必死なのが尋常でないほどヒリヒリと伝わってくる。

 当然である。きちんと訓練を受けた騎士でさえここまで手こずっているのだ、小綺麗な格好の彼では相手にすらならないと思うのが道理である。

 しかし騎士は見落としている。その彼が剣を片手に持っている事実を。


 六体がラウムの元へ肉を喰らいに走る。

 騎士が歯を食いしばり、少年の命を諦めた。


「危なっ」


 が、ラウムの動体視力を侮ってはいけない。

 飛び掛かってきた最初の二体。右の一体を右手のグラディウスで首を撥ね、左の一体を右腰に携えたもう一本のグラディウスで首を断つ。

 続く四体もあっと言う間に首を搔っ切って、飛び掛かってきたリービープは、ラウムに齧り付く事無く、後方へそのまま流れていくのだ。

 そして、両手に剣を持ったは、騎士達の元まで走ったかと思うと、それを大きく超え敵の本陣のど真ん中に降り立ったではないか。

「な・・・っ!」

 唖然とする騎士を他所に、その少年のが始まるのである。

「危なっ。うおぉ危なっ。危ないってバカ」

 ・・・どうも口調が阿呆らしいが、それでも、その腕は凄まじい。

 襲い掛かるリービープが、あっという間に死んでいく。全員もれなく首ちょんぱである。

 あれだけ騎士達が苦戦していた相手を、物の数秒で全て片付けてしまった。

「ふう・・・」

 溜息を一つ、汗を拭う。

 こうして、どうしようもなくあっけなく、荷馬車を襲った窮地は幕を閉じたのである。


「す・・・すげぇ」

 呆けている騎士がその光景に思わず感嘆を漏らした。

「すげぇ・・・じゃねえよ!あんたら剣の持ち方おかしいよ!?そんなふにゃふにゃしてたら切れる外皮も切れなくなるに決まってんじゃん!今のあんたらはもう・・・そう、『ちょっと長めの板で魔物いじめてみました』って感じだよ丸っきり!」

「あ・・・お、え?」

 急に噛みつかれた騎士達は、それはもう困惑していた。

 それにしても、大迫力の連撃だった。でたらめに剣を振り回しているように見えて、その太刀筋は鮮やかなものだ。皆一様に首を落とされている。説明する必要が無い程、困難な技術だった。

「まあいいけど。結構数も多かったし、ケガはしてないか?・・・って、そんな分厚い甲冑着ててケガする奴もいないか」

 だからこそ、前述のような発言が許されるのである。

 己に語る権利がある事を、その身を以て証明した少年の言葉は、反省こそすれど、反感の余地は無かった。

「うん、見事だったね、少年」

 頭を掻くラウムの後ろから、聞いたような声が飛んでくる。

「あ、ヘブロイさん。ヘブロイさんにもケガは無かったみたいですね」

「ああ。君のおかげだよ。ありがとう」

「い、いや、そんな感謝なんて照れるんでやめてくださいよ」

「いやいや。・・・それよりもだ、君達。これはどういう事か説明は出来るかね」

 声色を変えたヘブロイの威圧感たるや。先程までラウムに見せていた優しい顔から然程変化はないのだけど、これが無言の圧力と言われれば納得する。・・・無言、と言うか何と言うか。

「も、申し訳ありません!」

「・・・謝るべきは私じゃないだろう。なあ」

「は、はいっ!・・・君、申し訳無かったね」

 言いながら騎士の一人がラウムの元へ歩むのだが。

「そうじゃないだろう」

「すみませんっでしたァ!」

 凄むヘブロイに、全力投球の謝罪を見せる騎士。

「・・・え、ちょ」

 口を洞穴にして、状況が読み込めていないラウムに、ヘブロイが言う。

「彼も謝っているが、私からも何か感謝をしたい」

「え、いや、そうじゃなくて」

「何もないのか?ふむ・・・じゃあ、私の事を気安くじいさん、とでも呼んでくれると嬉しい」

「じいさん・・・?じゃなくて、あなたは一体誰なんですか?」

 もう何が何やら分かっていないラウムに、ヘブロイは答える。

「うん・・・。ちょっとした騎士旅団の団長をしてるんだ」


「・・・ええええええええええええええええええええええ!?」

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