第3話
素晴らしい天候に恵まれた初動は、先日の雨を嘘だと言いたげな表情で、燦々と一行を照らしていた。
荷車に揺られ街道を往くラウムの元に、一人の御老公が相席する。
体付きはしっかりとしていて、何だろう、ラウムの目にはとても若々しく映っていた。
そんなラウムの視線に気が付いたのだろうか、目が合うと、その御老公は穏やかに目を細めた。
「少年。メルクリウスに行くのは初めてかな?」
その優しい声音は、親戚のおじいちゃんみたいな親近感を持たせるには十分すぎるほど、包み込むような声だった。
「あ、はい!街から出るのが多分初めてです!」
親近感はあれど、やはり目上に対しては緊張するものなのだろう。体が強張っていけない。
「そうかそうか。ならばきっと刺激的な事だろう。・・・おや、その腰の剣は何か聞いてもいいかな」
「えっと・・・。俺、いや僕・・・は」
「あはは。構わない。話しやすい一人称で話してくれ」
「俺は冒険者になりたいんです」
「冒険者。なるほど。何か理由でもあるのかな?」
「それは・・・」
御老公は何か察したのだろう、足を組みなおした。
「・・・そういえば、自己紹介もまだだった。私はクーリ・ヘブロイと言うんだ」
「ラウム・ベレッタです。・・・ヘブロイさんはどうしてメルクリウスに?」
「ちょっとした野暮用だよ。古い友人がいてね。顔を見せに行ってやる所なんだ」
「そうなんですか」
だから荷物が少ないのだなと、ラウムは頷いた。
「なんだ、あれ」
「さあ・・・」
先頭車両の方からだ。何やら騒がしい。
先頭車両に座る騎士が目を凝らしている。同席する御者も同様だ。
「・・・あれは!」
何かを認識した騎士は携えた剣を抜くと、高らかに宣言する。
「全車両止まれ!魔物の群れだ!あれは・・・リービープが迫って来ている!」
リービープ。小型の魔物で、爬虫類の様な姿をしている。群れで生息する魔物で、小規模な荷車や行商人を襲い、被害を出していると言う。
それを聞いた各車両の護衛が剣を携え飛び出した。
「お客さんはこの中に!外に出ると危険だ!」
一体あたりの戦闘力は然程高くないが、如何せん数が多い。この騎士連中の中に陣地防衛に長けた能力を持つ者が居なければ、かなり苦戦を強いられるだろう。
広範囲の攻撃が出来る”天命”持ちでもいいのだが。
それを理解してだろうか、くっと騎士が握る剣に力が籠った。
「魔物・・・ですか」
騎士が飛び出した頃、ラウム達は中でその様子を窺っていた。
「ああ。ここの騎士に任せておけば大丈夫だろう」
「はあ・・・」
言いながらラウムは窓から顔を出し、先頭に目を向けた。
「30・・・くらいか。うわあ、気持ちわるっ」
どうやらラウムは爬虫類系の見た目があまり好きじゃ無いようだ。
「蛇ならかわいいのに」
・・・好きなのかもしれない。
「どうしますかヘブロイさん。騎士さんじゃ分が悪そうです」
「大丈夫だろう。それに、私が動くわけにもいかない」
確かに、おじいさんに鞭打って矢面に立て、だなんてラウムには言える訳が無い。体力的にも、世間体的にも。
そういえばこの馬車には騎士が乗ってないな。と、ラウムが思ったのと同時に、魔物との戦闘が開始したようだ。
「馬車には行かせるな!ここで食い止めろ!」
「「おおーっ!」」
騎士連中が鼓舞するように雄叫びを上げ、勇敢にも立ち向かうのだ。
「お母さん、どうしたの?」
「ん?ううん、大丈夫よ、何でもないの。心配ないわ」
「でも、鎧の人たちが何かしてる」
「ちょっと・・・運動してるだけよ。いい子だからこっちに来て、おとなしくしていてね」
「うん・・・」
先頭から二番目、親子の会話だ。
そわそわと落ち着きのない様子の子を、母親が宥めている。
子の方はまだ相当に若く、7~8歳の女の子だった。外でフルメイルの大男共ががなりを上げているのだ、不安になるのも頷ける。
「でも、本当に大丈夫かしら・・・」
子に聞こえない程で、母親が心配そうにこぼす。座席後ろの小窓に振り向き、外を窺った。
「くっ、数が多すぎる!後何体だ!?」
「まだ半分も削っちゃいない・・・。くそ、大群戦闘に向いたヤツを連れてくるんだった!」
見るからに悪戦している様だった。とても頼りの無い背中を晒している。この様子では、一般客の不安を煽るだけである。
斯く言う母親がその通りだった。生唾を飲み込んで、
そして遂に防壁が突破されそうになり、一体のリービープが防衛線を一歩超えるのだ。
「ダメだ、後ろには行かせるなっ!」
その声が響くのと同時に、バタンっ!と、扉が閉まる音が聞こえる。
母親は思い出す。宥めていた時の子の様子は、何一つ納得出来ていなかったと。そして、今向いている方向は我が子とは正反対である事を。
ゾッとした表情の母親は振り返りと同時に「リティア!」と、娘の名を叫ぶのだが、リティアは既に馬車から降りていた。
一体のリービープが既に防衛線を突破している。小型と言っても、小さい子を一人殺す事くらいは容易いものに他ならない。
生まれて初めて化け物を目にしたリティアの腰は抜け、殺意の権化が自分目掛け猛進している。
歯はがくがくと震え、戦慄の面持ちで涙を流すのだ。
鋭い牙が眼前に姿を現す。そして。
ザシュ・・・。と、生臭い血が弾け飛ぶのだ。
その血は母親の乗る馬車の窓にびっしりとこびり付いた。
「ぁ・・・。ぁ」
気が動転して、目の焦点が定まっていない。さも当然である。我が子が目の前で殺された・・・。
殺された?
いいや、違う。
「危な・・・。大丈夫?お嬢ちゃん」
頭から真っ二つのリービープがリティアを避けるように転がっていて――――。
――――その前には、一本のグラディウスを持った若い少年が立っていた。
その少年とはつまり。
「・・・ラウム・ベレッタ。面白そうな少年じゃあないか」
含みのある笑みで、ヘブロイは呟いたのだった。
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