第2話

「荷物はこれでよし。あとは・・・。あぁ、これも持って行かなくちゃ」

 大きなリュックにあれこれと荷物を積み込んで、右へ左へと忙しないラウムの頬に、つー・・・と汗が垂れた。

 腰には二本のグラディウスを携え、やや小綺麗で動きやすそうな格好のラウム。

 これから馬車を引き、商業の盛んな街『ヴィ・メルクリウス』に四日掛けての移動をする。他にも数台出ると言うから、護衛の騎士が同乗するらしい。主に夜営の警護に当たるのだとか。

「・・・それじゃあ、行ってくるね」

 道すがら、ラウムは鬼紛いの事を思い返していた。


*-*



「はぁ・・・はぁ・・・」

 鼓動が高鳴っていた。

 体は熱く、脳は冷静にとは、よく言ったものだ。

「それにしても、手ごたえが無かったと言うか・・・。不思議な感覚だったな」

 化け物・・・鬼紛いと名付けたそれと対峙した直後の事である。

 酷い臭いが鼻腔を擽り、辺りには肉片、飛散した不純な血液が景色をガラリと変えていた。

 草花が芽吹いた穏やかな地に建てられた筈の小屋が、この有様である。

 その鬼紛いだが、血肉が段々と朽ちるように色を変え、やがては消えていった。

 この世ならざる魔の物は、現身うつしみに限界を迎えむくろに還る時、その身は虚ろに消えゆくのだと言う。

 何故だかその光景は、有無を言わせる事無く残酷に映った。

「雨・・・いつの間にか止んでる」

 ラウムは朧な目つきで空を見上げた。

「なんか・・・すっごい疲れた」

 ふら・・・と柱だったものに腰を掛ける。寝起きでこんな死線を構えたのだ、無理はない。

 そのまま、汚れた毛布の上にバタンと横たわり、寝息を立て始めたのである。

 


 ――――遠く、響き続ける鈍い音が聞こえる。

 叫ぶ人の声が聞こえる。

 一心不乱にその地を離れ、ザッザっと靴底が砂利を撫でるのだ。

 辺り、肉の焼けた臭いがする。とても不快な臭いだ。

 崩れ果てた家屋の中に、人間”だったもの”が横たわり、異臭を放つのだ。

「あ・・・ぅあ・・・」

 真っ赤で真っ黒で、臭くて蠢く何かが、呻きを上げる。

 ぴく、ぴく、と、足の無い、胴体のようなものに腕のようなものが一本くっ付いた、奇形の何かが、何かを訴えるのだ。

「振り返っちゃダメだよ。絶対。振り返っちゃダメ」

 母親の声だ。泣いているのだろうか。顔をぐしゃぐしゃにして、服は何やら吐瀉物で汚れていた。

 まだ小さい手を、お母さんはひしと握りしめ、跛行ながらも着実に、何かから逃げるのだ。

 けれど、おかしいのだ。こんな時、いつも誰よりも先に立ち上がって守ってくれるお父さんが居ない。

 そうだ、後ろに居るのかもしれない。

 お母さんがおっちょこちょいで、忘れているのかもしれない。

 

 そうして、俺は振り向くのだ――――。


 ・・・酷い話だ。過去を見せられている。

 これは夢だ。いつか覚めて消える泡沫の幻に過ぎない。

 けれど、怒りは込み上げてくる。復讐心が芽生え始める。

 心臓が苦しい。今にも弾けてしまいそうだ。

 そうだ。俺はこのために冒険者になると決めたのだった。

 10年前の、あの日に。



 ラウムが目を覚ました頃、丁度陽が昇り始めたのだった。

「へっくしゅんっ・・・うぅ」

 身震いを一つ。そして辺りを見回す。

「・・・そうだった」

 小屋は崩れ、服は泥だらけである事を、今更ながらに思い出したのだ。

「――よし、行こう」

 何かを決意した様にきつく拳を握り、されど顔は晴れやかなラウムは、街へと駆けたのである。




始まりの物語・終

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