第79話 紛失物

 突然現れたふわふわーな男。その正体は最強会の代表、中森陽一だった。最強会というのは、冷凍金魚焼を開発し、通販で相当に儲けている、興隆会のライバル企業だ。そのライバル企業の代表が、何故陽菜に会いに来たかというと、簡単に言えば求婚。陽一は、陽菜にベタ惚れだった。だが、陽菜は陽一に全く興味がなかった。だから、いつも断られているのだが、この日も懲りずにやって来たというわけだ。


「何しに来やがった! すっこんでろい!」

「まぁまぁ。そんなに怒らなくても良いでしょ。プライベートなんだから!」


 もう1人、陽菜にほの字の男がいた。門番さんだ。門番さんは、金回りが良く少しばかり男前の陽一のことが大嫌いだった。だから、この日も追い払おうと必死だった。


「てやんでぃ! それがいけねぇんじゃねぇか!」

「じゃあ、商談ってことで! 条件次第では我が社のレシピを公開するよ!」


 陽一は、実にふわふわーに振る舞う。それでいて、恋を成就するためならば苦労して開発したレシピでさえ紙屑同然に扱うほど、情熱的だった。こうなったら、陽菜自身が出ていかなければ、収まりがつかない。


「陽一さん。我が社は取引に応じるつもりはありませんから」

「分かったよ。その気になったら、いつでも言って! また来るから」


 こうして、陽一は去って行った。何やら複雑な3角関係に、太一は興味津々だった。そして、恋の縺れを解いたときに、光龍社に巡り会えるパターンだなと思い、少しだけ役得感を覚えた。


「うぐぐ。先代の『秘伝のレシピ』さえあれば、陽一なんかに大きい顔をされないのに」


 聞けば、興隆会事務所には『秘伝のレシピ』があるらしいのだが、数年前に失くしたらしい。太一は、『秘伝のレシピ』の発見が、恋の縺れを解き、光龍様にご対面するという流れを感じた。だが、もっとあっさりと、事態を好転させてしまう。まりえだ。


「まりえはね、マスターと一緒に光龍社を探してるのよ!」

「光龍社って、光龍様をおまつりする神社のこと?」

「ほぇ、陽菜っちは光龍社のこと、知ってるの?」

「知ってるも何も、ここが旧光龍社なのよ」

「陽菜様、一応は今でも光龍社ですよ」


 陽菜が言ったことを門番さんが補足する。法律の関係で、この興隆会は今でも宗教法人として登記されているのだ。太一は、何だ、そっちのパターンかと思った。


「では、御神体は健在ですか?」

「ええ。たしか、裏の倉庫に置いてあったはずだけど」

「そうでしたっけ? しばらく見かけませんけど」


 ここ、興隆会事務所では、色々なものが失くなる。

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