第80話 漬物石

 裏の倉庫に案内された太一は、1人で入った。そして、念じかけた。


「えっと、妹名井様、今何処ですか」

「誰ですか? わたくしを呼ぶのは」


 あっさりと返事があった。優しい念だ。太一はホッと一安心した。これで直ぐにでも連れて帰れると思ったのだ。


「光龍様、真名井様がお呼びです。一緒に来てください」

「まぁ、真名井様が私を! それは大変。でも、今は動けないわ」

「何故ですか?」

「だって、今の私は、おいしい小松菜の漬物を作る石ですから」

「漬物石……紙にお名前を記しても駄目でしょうか?」


 太一は美名井様の時のことを思い出して聞いてみた。


「駄目よ。そんなことをしたら、おいしい漬物ができないでしょう」

「そ、そんなぁ……。」

「樽ごと運んでくれれば良いのよ」

「なるほど! 今、どちらにいらっしゃいますか」


 太一が念の強いところを探してみると、漬物石を発見した。これこそが、御神体だった。そして、その表面には、何かが刻まれている。


 ーーおいしいあんこの作り方ーー


 小豆:200g
 砂糖:200g
 食塩:0.2g

 湧水:適量


 ーー全ては、妹名井様のためにーー


 太一は不思議に思い、光龍様に聞いてみた。


「あっ。それは先代が刻んだ……レシピ、ね」

「レシピ! じゃあ、これを使えばおいしい金魚焼が作れるんでしょうか?」

「誰にでも簡単に作れるわよ。分量さえ間違えなければね」


 信じられないことに、太一は『御神体』と『秘伝のレシピ』という、興隆会事務所が失くした2つのものを同時に発見した。そして、『秘伝のレシピ』を発見したお礼に、漬物石を樽ごと持ち帰ることに成功した。だから、陽菜たちの3角関係の行く末については、何も関わることはなかった。


「真名井様、お久し振りです」

「おぉ、妹名井よ。元気でなによりじゃ!」

「来月にはおいしい小松菜の漬物をご馳走いたします」

「それは楽しみなのじゃ。じゃが、その前にやってもらわねばならぬことがあるのじゃ」


 光龍大社に戻った太一は、早速漬物石を樽ごと神殿に持っていった。真名井様は妹名井様に事情を説明し、崇敬者を見守る仕事を手伝わせることにした。


「さすがは真名井様です。そんなに崇敬者を集めてらっしゃるだなんて!」

「なんのなんの! まだまだ全盛期の2厘に過ぎぬのじゃ」

「あの時代、人々は毎日挨拶に訪れていました」

「信仰が生活の一部だったのじゃ。今では考えられぬのじゃ」

「時代というものですねぇ……なんだか、淋しいものです」

「その時代に抗ってみたいのじゃ! 太一と一緒なら、できる気がするのじゃ」

「太一くんが? 私には、そんなに凄い人とは思えませんけど」

「そんなことないのじゃ。儂の目に狂いはないのじゃ」


 こうして、妹名井様は光龍様の手伝いをすることとなった。それでも、まだまだ太一の闘いは続くのだった。

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