第78話 元祖・金魚焼
門番さんが太一たちに陽菜を紹介、次いで太一たちを陽菜に紹介した。陽菜は太一たちを客としてもてなしてくれた。
「不景気でね、たいしたものをお出しできないけど、ゆっくりしていってちょうだい」
そう言って出されたのが、水で溶いた小麦粉を金型にいれて焼いた、餡子がたっぷり入ったお菓子だった。金魚の模様が付いている。
「元祖・金魚焼です!」
通称、金魚焼。興隆会が手掛ける和のスィーツだ。門番さんが元祖と付け加えたのは、それだけ興隆会には歴史と伝統があるから。だがここ数年、興隆会の金魚焼は売り上げが落ちている。理由は簡単。先祖代々受け継がれてきた秘伝のレシピを紛失してしまったからだ。1度失った味を取り戻そうと、興隆会は日夜研究に励んでいる。だが、未だにその味には至っていない。だから、客として招いた人にこっそりと食べさせて、感想を聞くことにしているのだ。
「わーい、かわいい! それに、美味しそーう!」
興隆会の事情を何も知らないまりえが食べようと手に取ると陽菜も門番もまりえの表情を緊張した面持ちで覗き込む。そんなことを気にするようなまりえではなく何の躊躇いもなく口へと運んだ。まりえは美味しい顔をして食べているのだがどこかパッとしない味だった。
「うん。美味しい! けど、ちょっと甘さが足りないよ!」
「やっぱり、そうですか……。」
「……。」
陽菜と門番さんは、緊張の糸が切れたような表情をした。まりえの言うことにがっかりして、どっと疲れが出てしまったのだ。太一も食べてみたが、たしかにパッとしない味だった。そうは言っても、頂きものだ。太一は、控えめに感想を伝えた。
「うん。お茶がなくても気軽に食べれそうだね」
「そうね。アイスティーに合わせたほうがおいしい気がするわ」
太一に次いでしいかも、あくまでも控えめに感想を述べた。だが、それがいけなかった。
「だ、代表。あっしらにはもう、無理ですよ……。」
「……そうかもしれないわね……。」
急に泣き崩れる門番。力なく塞ぎ込む陽菜。2人を見ていて、太一は思った。いや、本当は陽菜が落ち込んでいるのだけを見て、太一は思った。門番が泣こうが喚こうが関係なく、太一は思った。自分が力になれることがあれば、陽菜に協力してあげようと。そんなときだった。
「チィーッス! 陽菜さんいるかい?」
あまーい餡子を包み込む生地のようにふわふわーな男が現れた。
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