第74話 あおいの弱点

 とんでもないまりえの自己紹介ではじまったライブだったが、観客の支持を集めることができて順調に進んだ。キャリコまことのあとは、更級しいか、蘭鋳アイリス、東錦あゆみと、それぞれに自己紹介を済ませた。そして、最後の1人はあおいなのだが、元気がない。静まりかえった客席。あおいはマイクを受け取ってなお俯いていた。


「こ、こんばんは……あ、あおいです。担当金魚は、ヒブナです」


 映画やドラマ、CMでは大活躍をしていたあおいだが、経った1つ、致命的な弱点があった。あおいは実は男性恐怖症だったのだ。いつもとは違う雰囲気のあおいを見たはねっこの他のメンバーにも動揺が走った。それがそのまま客席にも伝播し、さっきまでの盛り上がりが嘘のように会場は凍りついた。袖にいた太一もあおいの意外な姿に一時的にはあたふたとしてしまうのだが、直ぐに正気を取り戻した。そして、あおいにエールを送った。


「あおい、頑張るんだ!」


 その声がほんのかすかだがあおいの耳に入った。あおいは、右手が温かくなるような感覚になった。それはまるで、太一と手を繋いで走ったときのようだった。そして、思った。太一のために頑張ろうと。目頭が熱くなるのを我慢して、パッチリとした大きな目を開けると、表情筋をこれでもかというほど柔らかくした。AAのちっぱいがはち切れんばかりに思いっきり息を吸った。


「あおいって呼んでね!」

「あ、あおい!」

「あおい、あおい!」

「あおい、あおい、あおい……。」


 あおいが笑顔と元気を取り戻すと、他のはねっこメンバーも盛り上がった。そして、そのまま観客をも大きく動かした。これまでで最高の声援が、ステージに注がれた。


(良かった。よく頑張った!)


 金魚擬人化・巫女アイドルユニット『はねっこ』の、ファーストライブは、この地、『ライブハウス・ドラゴンライト』とともに伝説となった。

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