第73話 自爆自己紹介

 光龍大社の巫女たちは、『ライブハウス・ドラゴンライト』で、『はねっこ』という素敵な名前に出会った。そして、新宿や高田馬場まで出てのビラ撒きも功を奏し、集客も大成功した。だが肝心のライブでは、とんでもないことが起こった。


 ステージ上で2曲を立て続けに歌唱。次いで、メンバーからの自己紹介ということになっているのだが、そのとき、トップバッターのまりえはテンパっていた。


「は、はぁーい! りゅ、琉金のまりえですぅ。光龍大社で巫女やってます。んとっ、つい先日までは、金魚でした。マスターのお母さんに掬ってもらい、マスターに育てていただきました! そして、色々あって人間になって、それから、また色々あって今日、デビューすることになりました! よろしくお願いしまーす!」


 何1つ嘘はなかった。総てを馬鹿正直にはなしただけに過ぎない。だから、まりえは何も悪くない。だが、もし金魚が擬人化したなんてことが世に知られれば、大変な騒ぎになるのは明白だ。だから、巫女たちが擬人化した金魚だということは、隠し通さなければならないことなのだ。それをまりえは、堂々と言ってしまったのだ。無論、普段から太一に口止めされているが、この日は緊張のあまりついうっかり本当のことを言ってしまったのだ。


(ま、まりえ! 言っちゃった……。)


 太一はステージの袖で聞いていて、ビックリ仰天した。このままでは、世間を騒がせてしまう。UMA扱いされて、研究の対象にされるかもしれない。そうなったら、まりえたちはどこか遠くに連れて行かれるかもしれない。また、自身の発光体質についても、問題視されかねない。そうなったら、平穏な暮らしなどはおくれるはずはないということを、太一は小・中学生の頃の経験から骨身に染みている。何より、大好きな金魚たちと一緒に暮らせなくなるかもしれないのは、とても辛いことだった。


(辞めさせないと!)


 太一はステージに飛び出していって、ライブを中止にしようと思った。だが、そのときに観客席からは、やんややんやの声援が送られた。


「まりえちゃん、かわいいー!」

「琉金、サイコー!」

「いいぞ、擬人化アイドル!」

「頑張れー!」


 観客席の誰も、まりえの発言を信じていなかった。擬人化した金魚というコンセプトくらいに考えているのだ。ステージに出て行くきっかけを失くした太一。1つしかないハンドマイクは、既に優姫の手に渡っていた。


「はいっ! 私は、蝶尾の優姫です! 優姫って呼んでくださいね。せーのっ」

「ユウキー!」

「優姫ちゃん」

「優姫!」

「俺の嫁ー!」

「ありがとうございます。じゃあ、次はキャリコのまこと!」


 優姫の自己紹介は、大ウケだった。太一はほっと胸をなでおろした。誰も信じないなら、隠す必要もない。いや、木を隠すなら森というように、金魚の擬人化を隠すならアイドルということだ。


「ま、そういうことっしょ!」

「まことー!」

「渋いぞー!」

「かわいいぞー!」

「キャリコー!」


 まことも意外に演技派で、しっかりと客席を沸かせた。

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