第62話 まりえ

 優姫たちがシフォンケーキを作っている頃、まりえは1度だけ、光龍大社の前を通った。だが、香しい匂いに誘われることはなく、中からときどき聞こえてくる笑い声を聞いてしまい、かえって帰り辛くなっていた。だから、より遠くへ行こうと方向を転じたのだ。


「まいどーぅ! どうやら、水槽は見つかったようだね」


 インチキ占い師が、まりえに声をかけた。それがきっかけで、まりえはわぁーんと泣き出してしまった。太一や他の巫女たちくらいしか頼れる人のいないまりえにとっては、1度会っただけのインチキ占い師でも充分に頼もしいのだ。


「なるほど。今度は喧嘩か。仲の良いことで!」

「仲なんか、良くないもん!」


 喧嘩するほど仲が良いとインチキ占い師は慰めたかったのだが、そんな概念を持ち合わせていないまりえにしたら、荒唐無稽の戯言にしか感じなかった。ムキになるまりえを見て、インチキ占い師はどうして良いかわからず、占うことにした。


「どれ! お代はいいから!」


 またあの細い棒が、インチキ占い師の右手と左手の間を往復した。


「なるほどな。こればっかりは、儂にも分からんわい!」

「そ、そんなぁ! このインチキ占い師!」

「だが、こういうときは、素直に行動するのが1番良いぞ」

「素直に行動?」

「行きたいところへ行き、食べたいものを食べ、やりたいことをやる」

「行きたいところ、食べたいもの、やりたいこと……。」


 まりえがあれこれと考えていると、お腹がグゥーっと鳴った。


「仕方がないなぁ! 好きなものを食え」


 インチキ占い師は、意外にも面倒見が良かった。白いクロスの掛かった机を器用にたたむと、街へと繰り出した。そしてまりえが食べたいものをご馳走した。


 まりえが選んだのはチョコレートのケーキだった。ガチャガチャと観光客でごった返しになっている1階を抜けてエレベーターで6階に上がった。そこには、少し古い作りの喫茶店があった。


「そうか。それじゃあ、光龍大社で巫女をしているのか」

「そうなんだよ。マスターが宮司なんだ」

「あのボウズが、信じられんな」

「ボウズじゃないよ。宮司だよ。そこんところはデリケートな問題なんだからね」

「ぶわっはははは、違いないな。もうボウズとは呼べんな!」


 こうして、まりえは満腹感という束の間の幸せを味わった。だから、光龍大社の名を聞いたときにインチキ占い師が訝しそうな顔をしたことに、全く気付かなかった。

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