第48話 金魚の心意気

 まりえが勘違いした四角い画面は占い師の言う水槽のことなのだろうか。そんなことを考えていると、太一に1つのアイデアが浮かんだ。本島にビデオメッセージを送ることだ。観てくれるかどうかは分からないが、送ってみる価値は充分にある。


「みんなにも出演して欲しい!」

「……上手くいく確率なんて、天文学的数字よ!」

「でも、少しでも上手くいく確率があるなら、やってみたい!」


 あおいは呆れ顔で大反対。それでも、太一はやってみたいと熱く語った。ゴリ推しと言っても良いかもしれないほどに。それに影響されてか、優姫、あゆみ、アイリス、しいか、まことが揃って太一の味方をした。


「たしかに、上手くいく確率は低いかもしれないですけど」

「それでモトジメが禰宜になってくれるんなら」

「モトジメさんの気持ちを前に向かわせられるなら」

「やってから後悔したって、良いわよ、ねぇ」

「ま、ダメモトジメってやつっしょ!」


 あおいは呆れ顔のまま溜息を吐いて、1度目を閉じ、ゆっくりと開きながら言った。


「分かったわ。脚本と監督は私がやるわ!」

「あおい!」


 あおいが賛成してくれたことで、全員が湧いた。


「その代わり、私の演技指導は相当キツイから、覚悟なさい!」


 こうして、本島に禰宜になって欲しいという勧誘ビデオメッセージが作られることになった。



 あおいは3本の脚本を書いた。何れも秀逸だが、演じるには難しいものだった。1本当たり経ったの1分程だが、濃厚だった。


「とりあえず、やってみよう!」


 あまり時間がないので、いきなり本番となった。ミアがカメラ、キュアが照明を担当してくれ、光龍大社の社務所の地下室で撮影が行われた。境内をロケ地にしなかったのは、何かの弾みで流出した際に、場所を特定されないようにとの配慮からだった。


 しかし、やってみると大きな問題があった。それは太一の演技力のなさだった。台詞さえ覚えることができない。いつものような迫力のある語りができない。カメラの前で緊張してしまうのが原因だ。あおいを含め、他の7人には何の問題もないのに。


「何なのよ、下手くそ!」

「ご、ごめんごめん!」


 失敗してへらへらとした態度をとる太一に、あおいがブチ切れた。


「冗談じゃないわ! そんなんじゃ人の心は動かせないわ!」

「はいっ、すみません!」


 気持ちを切り替えた太一だが、それでも下手くそだった。


「カット、カット。ダメダメダメ。ぜんっぜんダーメ! 顔を洗ってきなさーい!」

「はい。今直ぐ!」


 鬼神の如きあおいの態度に、他の6人も凍り付いた。ミアとキュアはただ眠たそうにしていた。太一が顔を洗ってくる間、まりえはカメラを固定し、自撮りしはじめた。まことが冗談半分にマイクをそっとまりえに向けた。だからまりえの言動の一部始終が録画・録音された。その内容は、見るものに激しく訴えるものだった。


「やい、雄大。聞け! マスターは、昔っから雄大のこと大好きで、頼りにしてるんだぞ。こっちは何度も何度もはなしを聞いてるんだから。アッカンベエをされても笑っていられる胆力は、尋常じゃないって、マスターはいつも雄大を褒めてたんだぞ。そんな雄大がマスターを庇っていじめられてひきこもったのは知ってる。けど、今、マスターが雄大の力を必要としてるんだ。笑ってくれなんて言わない。ただ、力を貸してくれ! アッカンベエ!」


 途中、太一が帰ってくるのだが、あおいはそれを制してまりえの自撮りを続けさせた。数十秒程のものではあったが、あおいがチェックしてもとても良い出来栄えだった。だが、本島の心を動かせるのは太一だけ。太一を交えての撮影は難航を極め、あおいが納得した頃には、日が昇っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る