第39話 絵魚に書かれた名前

 アイリスは社務所の地下室で太一を待つ間、倉庫に眠っていた『絵魚』を取り出し、そこに太一の名前を書いていた。『絵魚』というのは、光龍大社に古くから伝わる、願掛け用の木札のこと。一般には絵馬というが、淡水魚が描かれているため、『絵魚』と呼ばれている。アイリスは、はじめはほんの1枚にうっかり書いてしまったのだが、書けば書くほど太一のことを思い出し、止まらなくなっていた。そして気が付けば、数十枚に太一の名を記していた。


 太一が地下室に降りてくる物音を聞いて、ハッとなったアイリスは、慌てて『絵魚』を黒い布の下に隠す。金魚がいる水槽を隠すために太一が使った布だ。そのときに布は引っ張られるが、ギリギリのバランスで水槽に掛かっていた。太一が地下室に入ったときは、絵魚も金魚もすっかり隠されていた。


「鱒宮司。よくお越しくださいました!」

「ははは、断ろうと思ったけど、気になっちゃって……。」

「ありがとうございます! ここは暗いですから、存分に発光してください」

「そのことなんだけど、俺、自分の意思で発光することができないんだ……。」

「そうですか。でしたら、このアイリスが、お手伝いいたします」


 そう言って、アイリスは双肌を脱ぐ。肌と布か布と布かは分からないが、スルスルという擦れる音がして、太一の鼓膜を刺激する。そのときに、太一は光龍様の念を思い出す。


『流れに任せるのが良いのじゃ』


 据え膳食わぬは男の恥。太一は意を決し、アイリスを抱き寄せようと思ったとき、何かに躓いた。絵魚だ。


「絵魚? どうしてこんなところに!」

「あぁっ、駄目。それは、駄目! 絶対に駄目!」


 太一を発光させるために肌を晒すのを厭わないアイリスだが、絵魚に書かれた『太一』という2文字を見られるのは、とても恥ずかしいと思ってしまった。それは、心の内を覗かれるようなものなのだ。


 アイリスは、素早くその辺に転がっている絵魚を奥へと蹴飛ばした。そのときに黒い布はスルリと落ちてしまう。それから、太一の手から絵魚を奪おうと、左手を大きく前へと伸ばす。太一は反射的に絵魚をアイリスから遠ざけるようにして、右手から左手に持ち替えて、後ろへと回す。アイリスは勢いよく太一にぶつかるが、当たったのがおっぱいだったから太一に痛みはなかった。だが、そのあまりのパイ圧に太一は転んでしまい、尻餅をつく。その上から覆いかぶさるようにして、アイリスが倒れ込む。またもおっぱいがクッション代わりとなり、両者に痛みはなく、そのままアイリスは右手を伸ばす。そして、アイリスの右手が太一の左手を捉えたとき、アイリスのおっぱいは太一の顔面を挟み込んだ。ジトーッと汗をかいたおっぱいの谷間からは、昼間と同じ香水のフローラルな成分が漂ってくる。

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