第29話 あゆみとあおい

 夕方、あゆみが合流。太一に恋する2人だが、直ぐに仲良くなった。拗れた三角関係にはならずに済みそうである。


「ねぇ、しあさん。私、考えてたことがあるの」


 あゆみがあおいに話しかける。それは、少しばかり大胆なものだった。


「1人じゃマズイなって思ってたんだけど」

「うんうん。2人だったら、大丈夫よね!」


 それは、2人して光龍大社に住み込もうという内容だった。あおいも快諾する。帰国したばかりのあゆみは暇らしく、明後日にでも、ということで話がまとまる。


「と、言うわけだから、マスター。明後日から、よろしく!」

「え? マスターって、何?」


 あゆみが太一のことをマスターと呼んだのが、あおいには不思議だった。実はあおいは、自分が昔太一に飼われていた金魚だったことを自覚していた。それは、あおいが太一と出会った翌日の運動会を見に行ったときのことだ。太一の放つ不思議な光に照らされた際に思い出したのだ。そのときのショックは計り知れないほど大きかったが、太一や明菜とはなした数分で味わった、家族で一緒にいるような感覚を思い出すと、妙に納得したりもした。だから、あおいにとっては太一が飼い主、マスターだというのは、しっくりくることだった。だが、それをあゆみが言うのが何処か不思議だった。


(もしかすると、あゆみも私と同じ元金魚なのかしら?)


 そんな期待を抱きつつ、もし違ったときのショックを考えてしまい、聞き出せない。かといって、自分が先にカミングアウトするのも躊躇ってしまうのだ。


「あぁ、マスターって、『鱒太一』が本名だから、小学生の頃のあだ名なのよ」


 あゆみが説明して、あおいは納得した。


「じゃあ、私も太一くんのこと、マスターって呼ぼうかしら!」

「良いんじゃない!」


 こうして、あおいは太一のことをマスターと呼ぶようになった。


「あっ、そういえば、これを返さないと!」


 あおいは、大事にしまってあった御護りを取り出し、太一に見せた。


「懐かしい!」


 それは、太一があおいにはじめて会ったときに渡したものだ。そのときは、『太一』と書かれていたが、今では『太夫』に書き換えられている。あおいが小学1年生のときに出演した『花魁道中〜転生者の遺した伝説〜』という映画で、あおいは主人公の鯉桜太夫を演じている。秋葉原グランドホテルのCMで大賞を受賞した直後のことで、当時は大いに話題となった。その際に、人目を憚らずに御護りを身につけられるように、線を書き足したのだ。


「マスターは覚えてる? あのとき約束したこと!」

「うん。もちろん」


 あおいは、嬉しくて仕方がないといった感じで、太一の手を何度も何度も握った。御護りは、太一の提案であおいが持ち続けることになった。10年も大切にしていたものなら、一生手許に置いておく方が良いからだ。

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