第27話 天才子役、なまだしあ誕生
あおいは撮影再開の時刻に無事に間に合った。現場に着くと、人が変わったように演技に向き合い、厳しい指導にも耐えた。もう、逃げ出したりはしない。そればかりか、演出に対して自分の意見をはっきり口にするようになった。
CMは、あおいが友達に明日も遊ぼうと誘われるが家族旅行のために断るシーンから始まり、寂しそうにしていたあおいが秋葉原グランドホテルに着くと、そのゴージャスさに目を奪われ満面の笑顔になるというものだった。ホテルのゴージャスさを宣伝するのが目的だ。
「ぬいぐるみは新品でなく、ボロボロの方が、愛着が表現できると思います」
ゴージャスというキーワードから、CMの製作会社が用意したのは新品特大のクマのぬいぐるみ。だが、あおいはボロボロのぬいぐるみを要求した。イメージしていたのは、太一からもらった御護り。CMの発注元である、グランドホテル社長の園田はワンマンで、全てを自分の思い通りにしたいという妙齢の女性。CM撮影の度に子役の演技にも注文をつけるので、途中で逃げ出す子役は今までにも何人もいた。園田はあおいも逃げたのではないかと思っていた。だが、時間通りに戻ってきて積極的に演技に入ろうとするあおいを見て密かに感銘を受けていた。
あおいもあおいで、太一からもらった御護りと、批判してくれる人を大切にしろという言葉を握りしめて、このワンマン女社長の要求の全てに応えようと必死だった。
「アンタ、休憩中になんかあったね」
「はい。御護りを頂きました」
「ふん! 随分とボロボロだねぇ」
言葉とは裏腹に、ボロボロの御護りを見る園田の目には優しさが宿っていた。その目に太いマジックペンで書かれた文字を見ると一瞬顔をしかめた。まだ6歳のこの子役が、この短時間に恋をしたのかと勘繰った。だが、提案内容には一理ある。
「いいだろう。ボッロボロのに交換だ」
「はい。ありがとうございます!」
あおいは、それまでは恐れていた園田が、提案を受け入れてくれたのが嬉しくて、自信に繋がった。演技も波に乗り、撮影は順調に進んだ。
そしてこのCMは、この年のCM大賞に選ばれた。その後もあおいは、園田と末永くおつきあいを続け、いつしか天才と呼ばれる名子役へと成長した。
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