第26話 まだ間に合う!

 太一はむくりと起き上がると、埃をあおいにかからないように注意しながらパンパンッとはらい、所作を調えた。さっきまではドタバタしていた坊やが、キリリとした小公子のようになってあおいに向き直った。


「やってみなきゃ、分からないよ」

「えぇっ……。」

「直ぐそこだし、急ごう!」


 太一は、剣1本で魔界へと向かい拐われた姫君を助け出した勇者のように、強引にあおいの手を取り走り出した。その動きには全く無駄がない。手を引かれながら見る太一の姿は、あおいがこれまでに見た走る人の誰よりも美しかった。


「太一。帰ったら、おやつにするわよ」

「うんっ」


 太一は遠くから聞こえるおやつ復活の呪文に喜び、手にぎゅっと力を込めた。あおいは痛みを感じるほどだったが、さらに強く握り返した。秋葉原グランドに着くまでの間、あおいが言葉を発することはなかった。


 あおいが思っているほど秋葉原グランドは遠くなかった。信号も味方して、2人して一気に数百メートルを駆け抜けると、直ぐ目の前まで来た。そこで2人は、別れ際に久しぶりに言葉を交わした。


「これ、持って行きな」

「何……。」

「御護りだよ」


 太一があおいに渡したのは、ボロボロの御護りだった。それも、太いマジックペンで『太一』と書かれている。御利益があるとは到底思えない代物だった。だがあおいには、その御護りを太一がどれほど大切にしてきたものなのか、容易く想像できた。だから、しっかりと受け取ることにした。


「うん、ありがとう。大切にするね」

「あぁ。必要なくなったら、返しに来るんだぞ」

「10年以内に、絶対に返しに行く! (そのときは……。)」


 あおいは言いかけて辞めた。今、言葉にして変なフラグを立てたくはなかった。それよりも、目の前にある仕事というものに集中しようと思った。


 これが、あおいと太一の第1幕だった。


 この出来事が、天才子役なまだしあの誕生に大きく関わった。


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