第24話 太一とあおい

 太一とあおいの出会いは、10年前に遡る。あおいも太一も幼稚園の年長だった。


 当時、あおいは既になまだしあの名で子役の仕事をしていたが、困難を前に逃げ出していた。CMの撮影現場で、演技指導があまりに厳しく、休憩中に抜けてきたのだ。そして、10分程下を向いてとぼとぼ歩き、辿り着いたのが光龍大社だった。


 ちょうどそのとき、太一も勉強から逃げ出そうとしているところだった。太一は勉強が嫌いというわけではなかったが、遊びたい盛りであり、また、明菜が困るのが面白いと思ってしまうような年頃でもあった。明菜の気配を気にしながら、抜き足、差し足、忍び足。そーっと歩く。


 虚ろな目で下を向いて歩くあおいと、上を気にしつつ駆け出すタイミングを伺う太一。そんな2人は、出会い頭にぶつかった。


「いたっ。危ないじゃないか!」

「なっ、何よ! そっちがぶつかって来たんでしょう!」

「てやんでぇ !」

「何よ!」

「下向いて歩いてんじゃねぇよ」

「向いてないわよ、このすっとこどっこい!」


 出会いのとき、2人の相性は最悪で、1秒で喧嘩がはじまった。お互いに幼稚園児とは思えない江戸訛りの口の悪さだった。


 だが、太一の威勢の良さは、建物の中から明菜の声がするのとともに消え失せた。


「太一、どこなの?」

「かっ、かぁちゃん!」

「ちょっと、待ってなさい」


 変な汗が太一の頬を伝わった。これでミリタリーバランスは一気にあおい有利に傾いた。


「なっさけなーい」

「……。」

「急に静かになって」

「……。」

「親の言いなりって訳ね」


 あおいは、逃げて来た自分の弱さを明菜に怯える太一を揶揄うことで必死に隠そうとしていた。太一はやたらと気の強いのに捕まり厄介だと思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る