あゆみ

第11話 宮司

 中学ではいじめられていた太一。親友や母親を失った太一。高校では人との関わりを極力避けることで摩擦をなくし、平穏な生活を送りはじめていた。何人も太一のことをビクターともマスターとも呼んだりはしないが、ピカゴローと呼ぶ者がいないだけ、太一にとってはましだった。中間テストが終わる頃には、クラス内では空気のような存在になっていた。


 そんな太一に、またも試練が訪れる。今度は父親の魚介奴が宮司職を辞して諸国漫遊することになったのだ。


「しばらく疎遠だった、光龍系の神社を巡ってくる」

「じゃあ、この光龍大社はどうなるんだ」

「お前が何とかするんだな」

「何とかって、どうしろっての」


 魚介奴が信心を捨てたわけではないことは、太一にも分かった。だが、息子である自分や光龍大社を捨ててまで旅立つ必要があるのだろうかという疑問が残った。


「俺は、もうここには居たくないんだ……。」

「……父さん……。」


 魚介奴は、元々は光龍大社の宮司職を良く務めていた。太一にとっても、母親同様、自慢の父親だった。しかし3年前に明菜を亡くすと、途端に仕事をしなくなった。明菜の死因は、表向きは病死となっている。退院直後のことだったため、そのように処理されたのだ。だが、実際は自殺に近い死に様だった。日供祭のために拝殿へと向かった魚介奴が明菜を見つけたときには、既に息を引き取ったあとだった。病気の身体をおして単身拝殿に入り行水した跡が残っていて、神にすがるようにして横たえていた。それはまるで、自らを人柱にして、息子を成人させようとするかのような、愚かでか弱い母親の骸だった。それからの魚介奴は、ほとんど仕事をしなくなった。


「太一。宮司職は、お前が継げ」

「そうするしかないもんな」

「1人じゃ大変だろうから、助勤の巫女を募集してある」

「巫女を……。」

「ま、応募者が来たら、即、採用するんだな」

「……。」


 巫女の採用と育成。せめてそこまではやってから引き継ぐものだろうが、魚介奴がそうしなかった理由を太一は知っていた。明菜は元々は光龍大社の巫女をしていたのだ。その姿は凛としていて、当時は美し過ぎる巫女として話題を呼んだほどだ。太一はそんな両親の馴れ初めを聞いていた。装束を身に纏う巫女が境内にいるのを魚介奴が見て思うことは何か。太一にとってそれを想像するのは難しいことではなかった。魚介奴は今でも妻、つまりは太一の母親を愛している。5年前に親友の消失を味わっている太一よりも、突然に最愛の妻を失くした魚介奴の方が脆いのだ。夫と息子という立場の違いもあるのだろう。


 こうして、ここ光龍大社に高校生宮司、鱒太一が誕生する。納得できないこともあったが、太一としては、何とかしなければならないことだった。

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