マスターは小学生
第5話 人気者のマスター
太一が独りぼっちでいることを好むようになったのは、5年前から。それまでは仲の良い友達もいた。小松菜農家の伜、本島雄大だ。本島はモトジメと呼ばれ、太一と比べると男の子に人気があった。女の子に絶大な人気があったのが太一で、この頃はマスターと呼ばれていた。
ひと学年の平均人数が70名前後の小さな学校ではあったが、小4になると上級生から下級生まで太一と本島のことを知らぬ者はなかった。周囲は明るい笑顔が絶えず、何かあれば相談にくる者も多かった。
4月のこと。児童会の出し物について相談にきたのは、A子だった。
「ねえ、マスター! 何をすれば良い?」
「A子先輩といえば、ピアノだろう!」
「モトジメは黙ってて。マスターに聞いてるんだから!」
モトジメが言うように、A子は3歳のときからピアノを習っていて、その腕前は卒業式や入学式で重宝されるほど。わざわざ相談などはしなくても、児童会の出し物といえばピアノの演奏と相場が決まっていた。太一もピアノだろうと思っていたが、本島が文句を言われているのを側で聞いて、別のものを考えた。
「俺、歌って欲しい! A子先輩の声、大好きだから」
「歌? 分かったわ。マスターが私の声が好きなら、私、うんと練習する!」
言い終わるより先にA子は駆け出した。そして、言い終わったところで振り返り、太一に笑顔を見せると、向き直って本島にアッカンベエをして、また駆け出した。A子は結局、児童会でアンコールを含めて3曲を熱唱した。太一には、女の子の気持ちを察する力があったのだ。
さらに七夕集会は圧巻となる。太一と同じ班のB子が、太一の横に短冊を飾ろうとした。
「B子ったら、自分勝手も過ぎるわ」
「そうよそうよ。いつもいつもマスターの側でズルいわ!」
「良いじゃない。班が同じなんだから」
見兼ねた本島が、喧嘩を止めに入るが、上手くいかない。
「まぁまぁ、3人とも落ち着けって!」
「モトジメは黙ってて!」
「そうよそうよ。ガサツなんだから!」
「アッカンベエ!」
3人に責められた本島は、キーキーと唸った。それを見て3人はゲラゲラと笑った。本島の偉いところは、本気で怒ったことが1度もないことだ。こうやって、いつも笑いを落とし所にしていた。
「俺のは1番上に掛けるから、B子もC子もD子も下にかけなよ」
「うわぁ、笹全体がまるで1つの枝みたい!」
「そうねそうね。これなら、どこに掛けても同じ枝ってわけね」
「さすがは、私達のマスター。頭良い!」
「じゃあ、俺は違う笹のテッペンにしよう!」
「何それ?」
「そうよそうよ。まねっこなんて、サイテー!」
「アッカンベエ!」
短冊は、どこに掛けても一緒ということはない。用意された笹は全部で3本あったが、1本に397枚もの短冊が掛けられてしまうのだから。残りの2本は合わせても20枚に満たないというのに。兎に角、太一には、女の子を引き寄せる頭の良さがあった。
また、10月のことだ。この週末、クラスの野球好きとサッカー好きは、それぞれに対外試合を組んでいた。
「マスター! 両方の助っ人やるって本当?」
「本当さ。俺もな。朝は野球、サッカーは昼過ぎだからな!」
「モトジメは黙ってて! マスターに聞いているのよ」
E子は、お約束通りに本島に向かってアッカンベエをした。
「ははは、でも本当だよ。そうだ! E子、お弁当作ってよ!」
「えっ、お、お弁当?」
「うん。いつだったか食べさせてくれたE子の玉子焼き、俺、大好きなんだ!」
「分かったわ! 飛び切りのを用意するわ!」
E子は足取りも軽く駆け出し、振り返り様に太一に向かって敬礼のポーズをした。
「E子、小松菜のお浸しも頼むぞー!」
調子に乗ってリクエストをする本島に対しても、E子はしっかりと返事をした。アッカンベエではあったが。
野球は太一の完封投球と本島の渾身の満塁ホームランで勝利。試合途中に駆け付けたE子の弁当は、3段重ねという懲りよう。1番下にはおにぎり。2段目には辛めの唐揚げと甘めの卵焼きがメインで、本島のリクエストの小松菜のお浸しはほんの少しだった。1番上にはうさぎりんごと酸っぱ目のいちじく。お茶で小学生なりの乾杯を済ませたあと3人で完食。午後のサッカーでは2人で7ゴールの活躍で、チームを勝利に導いた。太一には、女の子を熱狂させる運動神経があった。
A子はその後、声を出す練習を続け、選挙では必ず勝利を呼び込む伝説のウグイス嬢となる。声が良く通るのだ。B子とC子とD子は、喧嘩をしなくなり、大学生になると3人でエベレストの登頂に成功。登山女子トリオとして名を馳せる。1番上が好きなのだ。また、E子は料理研究家となり、豊洲に卵料理専門店をオープンさせる。他にも泳ぐのが上手なのを太一に褒められたF子はオリンピックの選手となり、絵が上手と褒められたG子はラノベの挿絵師になる。太一には、人を見る目がある。そして褒められた者は、その能力を極限まで伸ばす。
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