第8話 不遜で不敵な賢者様

勇者から漸く、一時の解放を得られた。


だが、近々来る旅立ちの時を思うと、憂鬱にならざる負えない。

自然と溜息が出る。


「……イチミング」


どう切り出すべきか。


きっと大した関心もないだろうが、絶対に突っかかって来るはずだ。


面倒な事は嫌いだ。適当にやってるのが一番良い。


だが、今回の件は、手を抜いて痛い目を見るのは私だ。


最近立て続けに面倒が降り掛かる。

今迄溜まったツケが回って来たのだろうか。


……とうとう来てしまった。

こうなればさっさと話して逃げよう。


イチミングの部屋の前、覚悟を決めドアをノックする。


「イチミング居るか。私だ、話がある」


中に人の気配がする。

返事はないが中へ入る。


「君の方から会いに来るなんて、珍しい事もあるものだ」


相変わらずの不遜な態度


「……マーリアンナに、君に話しておくよう言われたから来た。話が終われば直ぐにでも出て行くよ」


適当な笑顔を作る。


「君の様子から察するに、君にとっては、あまり良くない事のようだ。……そうだな、昨日召喚した勇者。概ね、女王にでも、面倒を押し付けられたんだろう。例えば、そう、勇者の同行……とかね」


相変わらず何でも御見通しか。


「御察しの通り。私は近々勇者に同行して旅に出る。危険で面倒で長い旅路になるだろうから、一応顔を見せに来た」


「君の顔など、もう飽きる程見ているし、目に焼き付いているさ」


「……そう言わずに。もしかしたら見納めかも知れないよ」


「何を弱気になっているんだい。王国最強の魔導師、マオルジュ アウニーニ様にかかれば、楽なものだろう。例え護衛すべき勇者が二人だろうと。例え貧弱で戦闘経験も無く、魔力も薄い生娘勇者が二人も居ようとな」


全て御見通しなわけか。

察しが良いにも程がある。夫婦だからなのか……。


「そこまで分かっているなら、何か知恵を貸してくれ。偉大なる賢者、イチミング アーギュエル様」


イチミングは若くして王国付きの賢者となり、国に仕えている。近いうち、国に6人しか居ない大賢者の仲間入りを果たす予定だ。


私と違って、野心家な上に努力家だ。

どんな手を使ってでも大賢者になるだろう。


「僕に何の見返りがあるというんだい。何の得にもならないだろう。時間と知識の無駄だ」


「女王に、君が非協力的だったと伝えておこう。それとも、勇者の為に尽力を尽くしたと報告するか。君に選ばせてあげよう」


「僕の扱いが上手くなったじゃないか。まぁ、それくらいの機転が回らなければ唯の愚図だが。良いだろう、君が召喚したあの愚図な勇者共を、使い物になるくらいには育ててやろう。勿論見返りは別に期待しているよ」


終始表情を変えずに淡々と話す。

これも相変わらずだな。


「頼むよ。私は勇者召喚で、魔力を使い果たしたから、暫くは旅に備えて温存するつもりだ。今私の魔力はだいぶ薄まった上に枯渇している。召喚前と同等に戻すには恐らく数年は掛かる。せめて旅立ちの時迄には最低限の魔力が戻ってないと、私は使い物にならないよ」


「魔導師が魔力不足では話にならないからな。だが、問題は旅立ちの時ではなく、鬼の討伐迄に間に合うかではないのかい」


痛い所を突いて来る


「それはさすがに、間に合ってくれと願うしかないよ。そもそも、召喚後は休暇予定だったんだ。だからこそ後先考えず全力で召喚したんだから」


「その結果がこれではな。もう少し、万が一を考えて行動するべきだな」


「……今後はそうするよ」


「君は、どうせそんな事だろうと思っていたさ。だから先程マーリアンナに、ノイヤを貸せと頼んでおいた。今は別件の仕事中らしいが、終わり次第こちらに手を貸すとの事だ。感謝するんだな」


全く頭が上がらない。正直、一人で護衛は無理だと感じていた。勇者の使者を呼び出すまで保たないと。

ノイヤがいれば心強い。というより、ノイヤがいるなら、私は休暇を取れるのでは……。


「まぁ、ノイヤが合流するのは、たぶん旅だって暫くしてからになるだろう。今の仕事は長く掛かると言っていたし。気長に待て」


結局あまり戦力になっていない気がする。


「そう落ち込むな。ノイヤも急ぐと言っていたそうだ。マーリアンナからのお願いだからな。相当早く切り上げて来るだろう」


一日でも早い帰還を願うよ。


「はぁ。では、私も準備を始めるよ。今回の事は本当に助かるよ」


振り返り、改めて礼を言う


「当たり前だろう。夫の危機は妻が救うのが務めさ」


不敵な笑みを浮かべるイチミング


もう少し可愛げのある笑顔が見たいものだ。


準備の前に、休息を取る為自室へと向かう。

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