第3話 不安しかない

「取り敢えずこんなもんか」


着替え、タオル、水、菓子。

必要最低限これだけ用意しとけば良いだろう。


未だに目を覚まさない勇者二人。

目覚めるまで側で待機。

仕事柄待機は慣れているが、じっとしているのは本来性に合わない。

さっさと起きないかな……。


しかし、未だに信じられない。

これが勇者なのか。

他に勇者を見たことも無いので何とも言い難いが、もっと大柄で屈強な戦士を想像していた。手合せしたら楽しそうだなんて、少し期待していたのだが。

実物を見て拍子抜けだ。威圧したら死んでしまいそうなくらい脆そうだ。


私と比べれば大概の者は小柄だが、勇者は平均以下の小ささだろう。


よく見れば、整った顔をしている。愛らしく、庇護欲を掻き立てられる。二人共顔が似ているな。姉妹だろうか。

眠っている顔はか弱い少女そのものだ。


こんなので、本当に大丈夫だろうか。


一応、マオのお墨付きだが。あいつの事だから適当な事言ってる可能性は捨て切れない。

だからこそエリーも、勇者の同行にマオを加えたのだろう。


まじまじと観察しながら、物思いに耽っていると、一人が目を覚ました。


「気がついたか。見た所体に異常はなかったが、不調はないか?何かあれば、私に申し付けてくれ。落ち着く為にも、まず水を飲むと良いだろう」


コップに水を注ぎ差し出す。


気が動転しているようだ。

一言も発さずにきょろきょろと辺りを見渡し、私を見つめ恐る恐るかコップを受け取る。

一息で水を飲み干し、荒れた呼吸を落ち着かせようと深呼吸をしている。

隣で眠る姉妹を見て安堵の溜息をこぼす。

強張っていた表情も、少し和らいだ。


「私は女王直属の騎士マーリアンナ オルガインだ。召喚後、気を失ったままのお前達をここへ運んだ」


自己紹介を済ませ、相手の言葉を待つ。


「えーっと、あーりがとう、ございます?」


「混乱するのも無理はない、落ち着いたらゆっくり話をしよう。腹が減ってるなら、食事を用意するし、風呂に入りたければ準備しよう。まだ眠りたければ、私はここで待つ」


「言われたら腹減ってきたな、食事、したいです。妹は…まぁ、もう少し寝かせとく方が良いかも」


「では、食事を持って来させよう。希望があれば聞くが」


「いやー。取り敢えず何でも良いです」


「わかった、そこで待っていろ」


勇者を待たせ、部屋の外で待機していた近衛兵に食事の準備を指示する。


ついでに風呂の準備もさせておくか。


別の近衛兵に風呂の準備も指示。


部屋へ戻ると、先程と変わらずベッドで上体だけ起こしてこちらを見つめている勇者。


「食事が届くまで暫く待て。妹の分はその都度用意させよう」


「助かりますー」


愛想笑いを浮かべる勇者。


「まだ名を聞いていなかったな」


「あぁ!すいません。俺は糸川治充、こっちは妹の糸川捺実です」


「姉妹で同じ名前?いや、シャルトワの様に名が後に来るのか。では、ハルミ。今後ともよろしく頼む。私はアンナとでも呼んでくれ」


「はい。アンナさん、よろしくお願いします。あと、念の為言っとくと、俺達姉妹じゃないです。俺男なんで」


苦笑いするハルミ。


「それは失礼した。可愛らしい顔をしていたので、勘違いしてしまった。気を悪くしたなら申し訳ない」


「いえいえ、まぁ慣れてるんで、大丈夫です」


話し終える間際、凄まじい力でドアを叩く音が響く。


「失礼いたします!」


掛け声と共に入って来たのは、メイドのリーチアとロリーナだった。


「相変わらず、リーチアのノックは煩いな。いつになったら力加減を覚えるんだ」


半ば呆れながら、少しからかってやると、頬を染めながら睨んでくる。


「申し訳ございませんでした!以後気をつけます!」


「御免なさいね。リーチアはとっても不器用な子だけど、とっても優しい子なんです。さっきだって、勇者様に会えるって凄く楽しみにしていて、緊張のあまり、つい力が入り過ぎちゃっただけなんです」


「お姉様!恥ずかしい事わざわざ言わないでくださいよ!」


「だって〜」


「はいはい、取り敢えず勇者様にそのお食事、さっさと出してもらって良いかな?」


ハルミを一瞥して、焦りながらもテキパキと準備を整える。


「それでは、失礼いたします」


深々と頭を下げて出て行く二人。


「騒がしくして悪かったね。こっちに来て食事してくれ」


未だにベッドの上にいるハルミに、テーブルの椅子を引き促す。


「こんなに豪華だとは思いませんでした」


目を輝かせ、喜んでいる様だ。


「お気に召して何より」


「では、頂きます!」


口に料理を運び入れるのと同時に、ノックもなしにドアが開く。


「なんだマオ。ノックぐらいしたらどうだ?」


「今し方、女王に勇者への同行を命じられた……」


酷く気を落としている様子のマオ。

確か長期休暇取るとか浮かれてたから、それが潰れて落ち込んでいるのだろう。


「話は聞いてる。災難だったな」


「詳細はマーリアンナに聞けと言われたよ」


「その事については、ナツミが起きてからにしよう」


「……じゃあ、私は疲れたから、ちょっとそこのベッド借りるよ」


そう言い残して、先ほどまでハルミが寝ていた場所に潜り込む。隣には目覚める気配のないナツミが居る。


その後、ハルミが食事を終える頃、悲鳴を上げながら勢いよく起き上がるナツミであった。


「んっ……⁉︎なにっ⁉︎誰っ⁉︎何処ここ⁉︎……何呑気にご飯食べてんの⁉︎」


隣で眠るマオに驚いた様だ。

物凄く取り乱している。


「やっと起きたのか、寝過ぎだぞ。今何時だと思ってるんだ」


ナツミと対照的に落ち着いているハルミ。


「え、何なの、何でそんなに落ち着いてるの⁈逆に怖い!キモい!誰かちゃんと説明してよ!」


「では、まずこちらにお掛けください」


落ち着かせる為に丁寧に声を掛ける。

ハルミの隣の椅子を引き座るのを促す。


「こんなの絶対おかしいのに……何でみんな冷静なの……」


ブツブツと小声で呟いているナツミ。

相当ショックを受けている様だ。


「では、改めて。私はマーリアンナ オルガイン、女王直属の騎士だ。城に滞在する間二人の案内と護衛を任されている。今から話すことは機密事項も含まれている為、内密に頼むよ」


話をする間、ハルミは目を輝かせ、ナツミの表情はみるみる曇っていった。そして叩き起こして座らせたマオも同様だったが、愚痴を言いつつも、一周回って気が晴れたのか、どうでも良さげに話を聞いていた。


こいつら本当に大丈夫だろうか。

本日二度目の不安が胸を過ぎった。

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