STEP4.ロボットと仲良く。
扉を開けた先には光が待っていた。照明の。
まあ、僕たちの住んでいる「部屋」は建物の中にあるわけで、当然と言える。
今、僕が出てきたのと同じ扉が延々と並ぶ細長い空間――いわゆる廊下。ショートカットで移動できる仮想空間では、あまり目にする機会が少ない代物だ。
ぴこん、と。
足下の床に「出口」の文字が添えられた矢印が表示される。色は緑。案内してくれるらしい。
靴紐を結んだスニーカーで進む。
きゅっ、ぎゅっ、とゴム製の靴底が鳴らす音はいかにも現実的で間抜けだ。
しばらく歩き続けると「部屋」とはまたちょっと違う感じの扉が並ぶ空間に出る。僕はツー子から教えてもらった現実世界の設備の記憶を頭から引っ張り出す。エレベーター。縦方向に移動するための設備。
それと――
「いらっしゃいませ」
――部屋の中央で、僕を出迎える女性。
「お待ちしておりました」
何だこれが友人か完璧すぎるだろちょっと出来過ぎじゃないか、と僕は一瞬思ったが、いや違うのだったか、とツー子に言われたことを思い出す。
「失礼ですが、貴方は」
と僕は言う。
「ロボットですか?」
「はい。そうですよ」
と笑う女性は完璧に人間にしか見えない。ついでに言うと僕のストライクゾーンど真ん中に突き刺さる美人さんで、おまけに胸もふくよかだ。
にこりと笑って、ロボットさんは僕に言う。
「ご友人と会われるのでしたね? ――ご案内しますので、どうぞよろしく」
□□□
『ぶっちゃけますと』
と、ツー子は言った。
『あと、私から言えることはそんなに多くありません。扉さえ開けてしまえばもうこっちのもんです。後は、自動的に案内役のロボットさんがやってきますので、その方に丸投げしてOKな感じです』
「貴方ハウツー本ですよね?」
『ではアドバイスを。ロボットさんとは仲良くしてください』
とツー子は人差し指を立てる。。
『実質的に、今の現実世界はロボットたちの支配下みたいなもんです。あんまり舐めた口聞いてると帰れなくなりますよ』
「すいません。それ超怖いんですけれど」
『いや、普通にしてれば大丈夫ですって』
よっぽどアレなことしなければ問題ないです、と怯える僕をツー子はなだめる。
『例えば、胸をガン見するとかしなければ』
「善処します」
と僕は答えた。
□□□
「何やら、やらしい視線を感じますね」
と、上昇していくエレベーターの中、ロボットさんは言う。
「気のせいです」
「ほう」
とうなずき、胸を寄せて上げてみせるロボットさん。素敵な光景に僕は目を奪われる。つまりガン見する。
「気のせいじゃないですよね?」
終わった、と僕は思った。もう駄目だ。
「煮るなり焼くなり好きにして下さい……」
「大丈夫。取って食ったりしませんよ」
と、ロボットさんは楽しげに笑う。
どうやらからかわれているらしい。
「というか、君の嗜好にベストマッチするってことで私が案内役に選ばれたわけで」
「なるほど」
通りでど真ん中なわけだ、と僕は思う。さらっと僕の嗜好がバレている辺りゆるやかにディストピア的だが、気にしないでおく。
「あ。ちなみに、これは偶然なんですが、私の嗜好にも君はベストマッチしてます。ぶっちゃけ抱き締めさせてもらってもいいですか? はあっ、はあっ……」
「身の危険しか感じないんですけど……」
「ちょっとだけでいいので」
「取って食われそうなので遠慮します」
「そうですか」
と、あっさりと引き下がるロボットさん。
また、からかわれていたのかもしれない。
「それにしても」
と、ロボットさんは僕の服装を見て言う。
「なかなか素敵な格好ですね」
「そりゃまあ、友人と現実世界で会うのは初めてなので。だいぶ気合い入れました」
「履いているスニーカーと背負ってるリュックサックが見事に浮いてる感じですが」
「そっちは実用重視なので」
「その麦わら帽子も?」
「これはですね。目印です」
「目印?」
「友人と仮想空間で初めて出会った日にも」
麦わら帽子に指先で触れながら、僕は言う。
「こんな麦わら帽子を被っていたので」
□□□
友人と初めて出会ったその日。
僕は、仮想空間の海辺の砂浜に立っていた。
長い黒髪の、白いワンピースに身を包んだ、ふくよか美少女の姿で。
麦わら帽子を被って。
風が吹いた。
それに合わせて、外見は古典的でも中身は仮想的な黒髪とワンピースがその機能を発揮する。麦わら帽子を被ったふくよか美少女の姿が最も美しくなるように、夕日との相乗効果を狙って、計算され尽くした動きではためく。
「いや、狙い過ぎじゃね?」
と、横合いからツッコミを入れてきたのは、バイクに腰掛けた、革のジャケットを羽織った、サングラスを掛けた髭面のおっさん。
「僕のことを言える立場でしょうか?」
と、僕は言い返した。
「今どき、そんな古典的で現実的な格好なんて流行りませんよ。ちょっとくたびれた感のあるおっさん好きの変わった趣味の女の子みたいです」
「はっ倒すぞ」
と、なぜかむきになって言い返してくる髭面のおっさんに、僕は告げる。
「狙い過ぎて何が悪い」
麦わら帽子を手で押さえて、僕は振り向く。
黒髪と白いワンピースが、その動きに合わせて、完璧な形でふわりと広がる。
「可愛いくて何が悪い」
にらみつけるようにして、僕は告げた。
「そうだな。可愛いよ」
と、髭面のおっさんは言った。
その言葉に対し、僕は黙った。
髭面のおっさんはこう続けた。
「なあ、知ってるか。美少女くん」
沈んでいく夕日の中、一番可愛くなる存在として砂浜に立っている僕に、言った。
「昔は、ただ美少女ってだけで、ちやほやされてたらしいぜ。今は違うけれど――未来じゃどうなるかわからん」
何だって変わるんだから、と言われて。
僕はそのとき、一粒だけ涙をこぼした。
沈む太陽の、最後の煌めきを映し出す。
計算され尽くした美少女の、完璧な涙。
それが、僕と友人の出会いだ。
仮想空間では、どんな姿でも選択できる。
どんな姿の人間にもなれる。
人間以外の生き物にだってなれる。
生き物以外の姿になることだって可能だ。
だが、美少女姿を選択する奴はまずいない。
なぜって、美少女の姿の奴は地雷、という考えがかなり根強く存在しているため。
理由は定かではないが、おそらく仮想空間の黎明期にいろいろあったことが原因。
仮想空間で、美少女の地位は著しく低い。
だから、ふくよか美少女の姿を選択し続ける僕は、控えめに言って変人だった。
「何で美少女にこだわるのか」
そう聞かれたことがある。何度もある。
でも、もちろん答えは決まっている。
「可愛いから」
ふくよか美少女は可愛い。
だから僕はその姿を選ぶ。
ただ単にそれだけの理由。
ただそれだけの理由が、理解されなかった。
そしてつまり、それを理解してくれたから。
友人は、僕の友人だ。
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