第37話 「旧スクとカフェといつもと違う幼なじみ」編 ⑤

「でも京ちゃんは恋人同士に見られない関係このまま でもいいみたいだね」


 このまま? いまの関係のままということか?


「おう。俺は兄妹のような関係このまま でいいと思ってる」


「やっぱりそうなんだ。わたしは……もう少し先に進めたいな」


 え? 兄妹のもう少し先ってなんだ?


 より絆を深めていまよりももっと本当の兄妹のようになることか?


 だったら――――


「琴乃、俺もそう思ってるよ!」


「ほ、ほんとに?! で、でもさっき恋人同士に見られない関係このまま でもいいって」


 琴乃は頬を赤らめると両手をからませてもじもじとしている。


 なんだ? トイレは駅まで行かないとないぞ?


「でも琴乃はいま以上の繋がりを求めてるんだろ?」


「う、うん」


「だったら、俺たちはもっとお互いのことをたくさん知って、そして理解してその先を目指していこうぜ!」


 なんか勢いで言ってしまったが、具体的にどうすれば絆がふかまるんだ?


 ――あ! そうだ! いい手があった!


 で、でもこれを言うのは恥ずかしいな……


 ていうか、前に断ったこともあるし。


 だけど絆をふかめるのならいい手段ではあると思う。


 もしかして、あのとき琴乃も俺と同じことを考えていたのかも……いや、それはないか。


「き、京ちゃん! そ、それじゃあわたしと、こいび――」


「ああ! だから今日からまた一緒に風呂に入ろうか!」


「…………え? ちょ、ちょっと……それは早すぎる……んじゃないかな」


「えぇぇぇええ! なんでぇぇぇぇぇぇええ? ずっと前に琴乃は俺を誘ってきたのに?! 意味わかんねえよ!」


「あ、あのときはまことちゃんとお風呂に入ろうとしてたから言っただけだよ……それに、京ちゃんは誘っても本気でわたしと入るとは思ってなかったし……」


「は? ずるくね? なんかそれ、ずるくね? 入らなそうだから誘ったって!」


「そ、そうかもだけど……いざ、京ちゃんから誘われたら……恥ずかしいんだってば」


 顔を赤らめて腕をわたわたと上下に振る琴乃。


 な、なんだ。琴乃が普通の女子のように恥じらっているように感じるのだが。


 さんざん俺にエッチな質問を平然としてきたあの琴乃が!


 いいや、これはきっと演技だ。俺はだまされないからな!


 だけど、なぜそんな恥じらってる姿を見せる必要があるんだ?


 なにか考えがあるのかもしれないが、これは琴乃と兄妹の絆を深めるためにはどうしても必要なんだ。


 だから俺はここで引くわけにはいかない!


「なに言ってんだよ、琴乃! 俺たちの関係を先に進めるためには必要なんだよ! わかんだろ! だから、な! 一緒に風呂に入ろうぜ!」


「ほ、本気で言ってるの、京ちゃん?」


「当たり前だろ! 俺と琴乃のこれからのことなんだから冗談で言うわけがない!」


「……わ、わかったよぉ。京ちゃんがそこまで言ってくれるなら、今日から一緒にお風呂にはいるよぉ。で、でもそれ以上先は、ま、まだダメだからね!」


「それ以上先って?」


「だ、だから、その、体に触るとか……い、いろいろだよ! もう、言わせないでよ!」


「は? 琴乃はなにを言ってるんだ?」


 兄妹なんだから、そんなことをするわけないのに。


「だって、一緒にお風呂に入ったら、京ちゃんも男の子だし……わ、わたしは京ちゃんになら、な、なにされてもいいんだけど、初めては……やっぱり……その……雰囲気のいいところがいいな……みたいな」


 あれ? なんか話が噛み合ってない気がしてきた……


 つーか、さっきから琴乃の顔が真っ赤なんだけど……


「えーと、琴乃。俺の知るかぎりでは、なんていうか体を触りあう兄妹っていないと思うんだけど。それに妹が兄になにをされてもいいって言うのは……」


 それ、もう、高校生が読んじゃダメなほうのラノベだよ!


「そりゃ、わたしもそう思うけど――え? 兄妹って、なに?」


「いや、より兄妹としての絆を強くしようって話だよな、これ?」


「……うそ……そうなの……?」


 琴乃の頭からプシューッという音とともに湯気が上がっているように見えた。


「え? じゃ、じゃあ琴乃はなんの話を琴乃はしてたんだよ?」


「……もういいよ。わたし先に帰るね」


 俺と視線を合わせようとせずに顔を地面にむける。


「いや、帰るって方向がまったく同じだから」


「京ちゃんなんて一人で帰ればいいんだよ!」


 人目もはばからずに大きな声で叫ぶと、俺の横を通り越して早足で駅にむかって歩き出す。


「おい! 待てよ!」


 あわてて立ち去ろうとする琴乃の肩をつかんで振り向かせる。


 琴乃はうつむいたまま呟いた。


「……京ちゃんってさ、ママとの約束を大切に守ってくれてるんだね」


「あ、あたりまえだろ!」


「でもさ、わたしは京ちゃんに気持ちをもっとわかってもらいたいよ……」


 琴乃はくるりと背中を向ける。


 両腕を顔にあてて目元を擦っているように見えた。


 こいつ……泣いてるのか……?


「やっぱりわたし一人で帰るから。京ちゃんはもう少しここにいて」


 そう言うと琴乃は走り去ってしまった。


 追いかけることもできず、俺は呆然とだんだんと小さくなる琴乃の背中を見つめていた。


 なんだよ。なんで琴乃のお母さんと交わした約束を大切にしたらダメなんだよ。


 琴乃の気持ちってのもわかんねえよ。


 俺たちはお互いにずっと一緒にいられたらそれでいいだろ。


 兄と妹だったら、一生この関係を続けていけるじゃねえか。


 俺の気持ちもわかれよな!


 ……くそっ……琴乃の考えていることが、最近ぜんぜんわかんねえ……


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