「約束」

 琴乃のお母さんが亡くなったのは、俺たちが小学四年生のときだった。


 いまの琴乃のお継母かあさんと違い、専業主婦でいつも家にいた。


 俺の両親はその頃からすでに共働きだったから、俺たちは琴乃の家でよく遊んだ。


 いまとは逆だ。


 物心がついたときから面倒をみてもらっていたから、幼い俺は実の母親と錯覚するくらいにかわいがってもらった。


 たださすがにお母さんとは呼ばせてはもらえなかったので、綾乃さんと呼んでいた。


 舌足らずだったから、あやたんになってたけど。


 綾乃さんは優しくて、料理が上手で、俺たちがいけないことをしたときは厳しくしかりつけ、でもいいことをしたらたくさん褒めてくれる。


 抱き締められるといい匂いがした。


 そしてなにより笑顔が素敵だった。


 いまの琴乃の笑った顔とそっくりで。


 まあ親子とは言え、似ているのは顔だちくらいだったかな。


 背は低くなかったし。


 それといつも明るくて元気な人だった。


 だから、入院したと聞いたときはすぐには信じることができなかった。


 綾乃さんが入院してからは、琴乃と毎日お見舞いに行った。


 空き地で摘んだ花を持っていったり、二人で描いた絵を持っていったり。


 そうしてるうちに三ヶ月の入院生活はあっと言うまに過ぎ去った。


 自宅療養になったので、俺と琴乃は綾乃さんの病気がよくなったものだとばかり思っていたが、いま振り返ると最期は家がよかったのだろう。


 その一ヶ月後に綾乃さんは帰らぬ人となった。




 亡くなる前日に俺と琴乃は綾乃さんに呼ばれた。


 すっかり痩せ細り青白い顔をしていたが、優しい笑顔はそのままで。


 綾乃さんは俺の頬をなでると、俺の小さな手を両手で包み込んだ。


 温かかった。


 そしてどこまでも澄みきった水のような瞳で、まっすぐに俺を見つめてこう告げた。


「京ちゃん、琴乃のことをよろしく頼んだわよ。本当の妹のように大切にしてあげてね……琴乃とずっと一緒にいてあげてね」


 だから、俺はいまでもその約束を守っている。

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