第39話「クライマックスはすぐそこに」編

「お兄ちゃんと琴乃さんって、ケンカしてるの?」


「な、なにを言ってるんだ、まことは。俺たちはいつもとなんら変わりはないぞ」


「そーかなぁ。二人ともおしゃべりしてなかったし、お兄ちゃんが近づくと琴乃さんはどっか行っちゃうし」


 よく見てんな、こいつ。


 綾乃さんの七回忌の日。


 まことの両親が綾乃さんと旧知の仲ということで出席していた。


 で、俺はまことの面倒をみるはめになってしまったのだ。


 せっかくの休日だというのに。


 ま、琴乃は家の手伝いで俺んちに来れないし、いやそれがなくても来るわけはないのだが。


 一人で過ごすのは憂うつだったし、まことがいてよかったのかもな。


「琴乃さんとケンカしてるなら、お兄ちゃんはこれをきっかけにまことといちゃいちゃするべきだよ!」


 まことは俺に人差し指をビッとむけてくる。


「なんのきっかけだよ! まことは従妹なんだから、そんなことするわけがないだろ」


「あー、そうやって従妹ヒロインを差別するんだー」


 ヒロインって……かわいそうにラノベを読みすぎて、とうとう自分のことをそんなふうに……


「ふぇ! お兄ちゃん、なんでまことのことを哀れむような目で見るの?」


「気のせいだよ……」


「だいたいさー、幼なじみヒロインは人気がありすぎなんだよ!」


「え? まだ続けるのか、この話」


「あたりまえだよー! 幼なじみがメインヒロインの作品は山のように存在するのに、まことたち、従妹ヒロインはほとんどの作品でサブ扱いなんだよぉぉおお!」


 まことたち、って言ったか? そうとう重症のようだな。 つーか、例え俺が主人公の物語があったとしても、お前をヒロインにはぜったいにしない。


「まぁ、作品数は少ないにしろ、従妹をヒロインとして扱ってるのもあるんだからさ。元気だせよ、まこと」


「おにいちゃん!」


 適当な俺の慰めの言葉に、まことはぱぁっと顔を輝かせる。


 単純か!


「でもなんでそんなに従妹ヒロインに感情移入するんだよ? まことにも幼なじみの男子とかいるだろ? そいつから見たら、まことは幼なじみヒロインだぜ?」


「いるけど、琴乃さんとお兄ちゃんみたいに仲良しじゃないもん」


「仲いいのか、俺と琴乃は?」


 現在絶賛ケンカ中なんだが。


「うん! すごく仲いいよ! そりゃもう、はらわたが煮えくり返るくらいに!」


 にぱっと笑うまこと。


 怖えよ!


「お兄ちゃんみたいな幼なじみがいればまことも喜んで幼なじみヒロインになるのにな」


「ふーん、そういうものなのか」


「琴乃さんには悪いけど、お兄ちゃんとこのままずっとケンカしていてほしいよ。そう強く願うまことだったマル」


「なに勝手にきれいにまとめようとしてんだよ!」


 つーか、困るんだよ。琴乃とこれ以上ケンカを続けるのは。


 このまま仲直りができなかったら一緒にいられなくなるじゃないか……


 綾乃さんとの約束を果たせなくなるのは嫌なんだよ。


 だけど仲直りをしたところで、いままでと同じ関係に戻れるのか?


 琴乃の気持ちに気がついてしまったことで、もう俺たちは引き返せないところまで来ているのではないだろうか……


 いや、そんなことを考えるのはよそう。


 とにかくいまは琴乃との関係を守るためにも、早く仲直りをしなければ。


 とはいえ琴乃と話をしたいけど、あいつは俺ことをあからさまに避けてるし。


 どうすりゃいいんだよ。なんかきっかけがあれば…… 


 ぷにっ。


 背中に柔らかいぬくもりを感じる。


 まことが背後から俺に腕をまわしてきて、ぴたっと体をくっつけてきた。


「お兄ちゃん、元気だしてよぉ」


「……まこと」


 そうだな。いつまでもうじうじと考えていても仕方ない。


 どんな形でもいいから琴乃に俺の気持ちを伝えないと。


 まことのおかげで決心がついたわ。


 こんなにも心配してくれる従妹がいてくれて俺は幸せ者だ。


 なんていうか、小学生の穢れのないピュアな心に癒されたというか。


「げんきがでないんだったら、まことのからだでげんきにしてあげるよ?」


「だいなしだわ! お前は金輪際ラノベを読むな!」


 まことにツッコミをいれたそのとき、扉をノックする音が聞こえた。


 琴乃かもしれないと思い、急いでドアノブに手をかける。


 だが琴乃がするノックとは違うのにはたと気がつく。


 そんなに都合よくあいつのほうから来るわけはないよな。


 苦笑しながら俺は、扉を勢いよく手前に引く。


 ドアの前に立っていた人は突然扉が開いたためだろうか、つんのめってバランスを崩し、俺の胸に四回目のノックをした。


「こ、琴乃!?」


 ここ数日ずっと俺を避け続けていた幼なじみの肩を両手で支える。


「ど、どうしたんだよ?」


「え、えっと、なんか京ちゃんの部屋から防犯ブザーが鳴った気がして」


「鳴ってねえし! つーか、鳴らされるようなことなんにもしてねえし!」


「そうだよ、琴乃さん。お互いののうえでのことだから、問題ないよ!」


「お前はもうしゃべるな!」


 どういう心境の変化だ?


 ここ最近、俺を避けていたあいつが。


 とにかくこのチャンスを逃すわけにはいかない。


 なんとか、琴乃と仲直りをして元の関係に戻らないと!


「ふふ、あいかわらず仲いいね、京ちゃんとまことちゃんは」


「そうか?」


 まことには琴乃と仲がいいって言われるし、琴乃にはまことと仲がいいと言われるし、なんなんだ、これ?


 まったくピンとこないんだけど。


「……従妹だからって……わた……と……嘩してるのに……まことちゃんと……して……そりゃあ……ノックくらい……じゃない……」


「なにをブツブツ言ってるんだ、琴乃?」


「ひゃ! イライラなんてしてないから!」


「それはなによりだ?」


 イライラしてたのか? ま、見たところ怒っているわけではなさそうでよかったけど。


「えーと、その、あ! そうそう、防犯ブザーっていうのは冗談で、京ちゃんとまことちゃんにご飯を持ってきたから、わたしはちょっと顔を見せただけだよ」


 なぜか引きつった顔で笑う琴乃。


「ありがとな、琴乃。まこと、腹減ってるだろ? 先にリビングで食べてていいぞ」


 せっかく手にはいった大事な機会だ。無駄にするわけにはいかない。


 まことがいたんじゃ、まともな話ができそうにないからな。


「ええー! まこと、お兄ちゃんと一緒に食べたいよー」


「俺もすぐに行くからさ」


 すまないとまことに両手を合わせる。


 そんな俺を見てため息をつくとまこと。


「もう、わかったよー。琴乃さん、一つ貸しだからね」


 なんだよ、それ?


 琴乃はあいまいな笑みを浮かべて、まことにひらひらと手を振っていた。


 階段を下りるまことの足音が聞こえなくなったタイミングで、琴乃を部屋にあげる。


 そして俺は静かに扉を閉めた。



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