第33話 「旧スクとカフェといつもと違う幼なじみ」編 ①

「京ちゃん、これ、似合うかな?」


「あ、ああ。いいんじゃないの」


 冷房のきいた店内で俺はだらだらと汗をかいている。


「もう! ちゃんと見てよー!」


 見てないのではなく、見れないんだ……


 いま俺の真横に水着姿の琴乃がいる。


 先週の日曜に行く予定だった琴乃の買い物につきあっているのだが、予想していた以上に気恥しい。


 琴乃に連れられて来たのは大型ショッピングモール。


 その中にはいっている女性用の水着だけをを扱うショップなので、男性客がほとんどいないため、俺は非常に居心地が悪かった。


 少ない男性客もおそらく俺以外は、彼女の水着を一緒に選ぶため来店しているのだろう。


 リア充め! ああ……うらやましい。


「ほら、今日はちら見じゃなくていいんだよ」


「いつもしてるみたいに言うなよ!」


 ……してるけど。


 それにしてもプールや海で琴乃の水着姿を見るのと室内とでは、なぜこんなにも感じ方が変わってしまうのだろう? 照明のせい? 周りの人たちが水着を着てないから? どんな理由にしろ、恥ずかしさは消えることはないのだが。


 なので直視できない俺は、琴乃がいる試着室に対して右向け右をするほかなかった。


「京ちゃんの好きな水色の選んだんだよ」


 俺の腕を琴乃は両手でぐいぐいとひっぱる。


 やめろ! この位置から動くとお前の水着姿が視界に入っちゃうだろ!


 目をぎゅっと閉じて体を硬直させる。


 だが抵抗むなしく、俺は直立不動のままゆっくりと体を試着室のほうにむけられるのであった。


 石像か、俺は! ここがゲームの中の城だったら、俺の体の位置を変えたことで隠し階段が出現するぞ!


「ほら、目をあけてちゃんと見てよ! もう、なに恥ずかしがってんの」


「そ、そんなわけじゃないし! 目を閉じてるのは、超スローペースなまばたきだからだし! 」


「なに言ってるのかよくわかんないよ?」


 琴乃に恥ずかしがっているのがバレると、からかわれるのは言わずもがなだ。


 だから俺は思いきってまぶたを開く。


 俺の目にとびこんできたのは――水色のビキニを身にまとったロリ巨乳(※合法)だった。


 肌の色の白さと爽やかな水色が見事に調和していて夏の訪れを感じさせる。(※ イメージです。科学的根拠はありません)


 見事な谷間は去年よりも成長したことを俺に教えてくれた。(※ 実際に胸がしゃべることはありません)


 似合っているというか、めちゃくちゃ可愛い(※ あくまでも個人の意見です)


 さっきから注意書きを連発しないと冷静になれないくらいに、俺は琴乃から目を離せなくなってしまった。


「ど、どうかな?」


 両手を胸にあてて上目づかいで聞いてくる琴乃。


 心なしか琴乃の顔が火照っている気がした。


「に、似合ってんじゃねえの」


「むう、なんか投げやりな言い方だよぉ!」


 頬をふくらませる琴乃。


 照れくさくてはっきり言えるはずないだろ!


 似合ってるとは言ったんだから、それで勘弁しろよ!


「とにかくその水着でいいんじゃないの。さ、それ買って帰ろうぜ」


 不満そうな琴乃を、無理矢理試着室に押し込み、強制的にカーテンを閉める。


 やれやれ、やっとこの身の置き場に困るような空間から抜け出せる。


 俺が一息ついていると、カーテンがほんのわずかに開き、琴乃がひょこっと顔をのぞかせる。


「ねえ、さっきね、おもしろい水着見つけちゃった。これで最後にするから着てもいい?」


「ええ? いまの水着を買うんだったら、別のを着る必要ないだろ!」


 マジでいい加減にしてほしい。


 俺は一刻も早くここから脱出したいというのに!


「そう言わないでよー。京ちゃんも気にいるかもしれないよ」


「いいよ、もう琴乃の水着姿は」


「ふーん。これを見ても、京ちゃんはそんなことを言えるのかな」


 自信ありげににやりと口元に笑みを浮かべると、琴乃はカーテンの奥に引っ込んだ。


 なんなんだよ。たしかにさっきの琴乃は可愛かったし似合ってたし可愛かったけど。あれ、なんか二回言ったか?


 ま、そんな感想を抱くのは妹の水着姿を見た兄として当たり前のことだ。


 それ以外の感情で思うわけがない。


 だから琴乃がどんな水着を着ようとも、俺はぜったいにそれ以上の感想をもつことはないし、もちろん気持ちを動かされることもあるわけがない。


 試着室のカーテンから琴乃が顔をのぞかせる。


「おい、着るなら着るで早くし――――」


「じゃーん! むかしのスクール水着!」


 ――――なにぃぃぃいいいいぃぃぃっぃいい! 旧スクだとぉぉぉおおおぉぉぉおぉぉぉおおおおお!!


 琴乃は見せびらかすように、旧スクール水着を俺の目の前でちらつかせる。


 な、なんで、そんなもん置いてるんだ? ごくごく普通の店構えのくせに!


は! 実はドンキなのか、ここは? いや、黄色いレジ袋が見当たらないから違うか!


 家の近所にも水着を売ってる店はいくつかあったが、琴乃がどうしてもというから電車に乗り継いでこの店にきたわけだか――わざわざ遠くまで来たかいがあったわ!!


 そ、そんなことよりも、旧スクを琴乃が着ているところを見たい!


 ぜったいに似合う! 幼なじみの俺が言うのだから間違いない!


 小・中学校と、水泳の時間にスク水を着た琴乃は見てきてはいる。


 だが、それは現在主流になっているスクール水着だ。


 水抜きのある旧スクではない。


 あのスカートのような前垂れがある旧スクを着ている琴乃を、俺はまだ見てはいないんだ!


 だから、頼む! 俺のために旧スクを着てくれ、琴乃!


「きょ、京ちゃん? なんか性犯罪者みたいな顔になってるよ」


「そうか、ありがとう」


「……褒めてないよ?」


 そうだっけ? だが、どうでもいい。


「そ、それより、着ないのか」


「うーん、なんか京ちゃんの反応を見てたら、急に恥ずかしくなっちゃった」


 なんだと! 琴乃に羞恥心が残っていただと!


 あれほど俺にエッチな質問をしてきた琴乃が!


 そんなことあるはずがない。


「いや、そう言わずに着ろよ。なんなら、さっきの水着をやめてこっちをレジに持っていこう」


「そんなに好きなんだね……」


 俺はこくこくと大きく頷いた。


「仕方ないな。着るだけだよ。買わないからね」


 琴乃が試着室のカーテンをシャッと閉める。


 衣擦れの音がする間、俺はそわそわした気分で待つ。


 カーテン越しに「あれ、これどういう構造なの」とかいう琴乃の声が聞こえてくる。


 じれったい。いますぐに試着室に飛び込んで、着替えるのを手伝ってやりたくなる。


 いや、実際にはやらないけど。


 そこまで俺は旧スク愛にあふれた男へんたいではないからな。たぶん……


 やがて永遠のように感じられる時間が終わり、カーテンが開く。


 そして旧スクを着た琴乃が姿をあらわした。


 ――尊いっ!!!!


 小柄な体を包み込む紺の布地。胸のあたりで大きくゆがむ二本の縦縫い線。前垂れからスッと伸びた白く細い足。


世の中には最高の組み合わせというものがいくつか存在するわけだが、例えばコーラとピザであったり、コタツに入って食べるアイスであったり、アボカドに醤油であったり……それはウニの味になるってやつか。


とにかく! この琴乃と旧スクの組み合わせはそれらを圧倒的に凌駕するほどの破壊力だ! 


完璧すぎる!! 琴乃はきっとこれを着るために産まれてきたんだろう。産まれてきてくれてありがとう!!


 ああ! 平仮名で『ことの』って書いたゼッケンをいますぐ付けたい!


 それは無理でも、あと一つだけ注文をつけさせてもらえるならば!


「ど、どうかな?」


 琴乃は体をもじもじさせながら聞いてくる。

 

「琴乃! これの白ってなかったか?」


「……な、なかったと思うけど」


「そうか……仕方ない。じゃあこれを買おう!」


「や、だから買わないって。それに、ほら、わたしがこれを着ているのを京ちゃんは他の男子に見られてもいいの?」


 はっと我に返った。


 人に見せびらかして自慢したいというよりも、手元に置いて俺だけのものにしたい。そんな気持ちが胸に浮かんでくる。


 誰にもいまの琴乃を見せたくない、独り占めしたい、だから俺は――――


「……家で着る用で買おう」


「ヤだよ……」



 結局、琴乃は水色のビキニを買い、俺たちはショッピングモールをあとにしたのだった。

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