第26話 「おっぱいの大きさ」編 ⑤

 俺の想像通り、琴乃は気持ち良さそうに眠りについていた。


 よだれを垂らしてるよ、こいつ……頼むから俺の顔に落とすなよ……


 ていうか、よく膝枕をした状態で寝られるもんだな。


 江戸時代の拷問で、正座をさせて重い石盤をのせるというのがあったみたいだが、琴乃はそれと似たような状態で寝てるってことだよな。


 優秀なくの一になれそうだな。子供に変装するのも得意そうだし。現代日本に生まれてきたのが実にもったいない。


 俺が琴乃に対してよくわからない感想を抱いてると、まことがバスタオルで髪を拭きながらリビングにはいってきた。


 すぐに俺が意識を取り戻しているのに気づいて駆け寄ってくる。


「お兄ちゃん、鼻血とまった?」


 俺の目線にあわせるため、ぺたりと床に女の子座りをするまこと。


 シャンプーのいい香りが漂ってきた。


「ああ、もう大丈夫だ」


「ふーん、でもまだ琴乃さんに膝枕してもらってるんだね」


 不満げに俺と琴乃を交互に見るまこと。


「いや、ちょっと血を流しすぎたせいか、貧血ぎみで立ち上がれないだけだから。あれ、そういえば髪濡れてるけど風呂に入ってたのか?」


「うん。ほんとはお兄ちゃんが目を覚ますまでそばにいたかったんだけど、しばらくは意識が戻らないと思うから先にはいっておいでって」


「琴乃がそう言ったのか?」


 こくんと頷くまこと。


 何度も介抱してるだけあってよくわかってるな。


「琴乃さん寝ちゃったみたいだし、かわりにまことが膝枕してあげよっか」


「ありがとな。でも起き上がることができなくて、この体勢から動けないんだ」


「そうなんだ。まこともお兄ちゃんに膝枕してあげたかったのにな」


 首に掛けてるバスタオルで鼻と口を隠して、上目使いで見てくるまこと。


「じゃあ、琴乃さんが起きるまでお兄ちゃんのそばにいてあげるね」


 そう言って俺の手をぎゅっと握ってくれた。


「ありがとな、まこと。琴乃とだと――」


 と言いかけて口をつぐむ。


 そのあとに、気まずいからな、と続けそうになったからだ。


 そんなことを言うと、琴乃のことを女子として意識していると思われそうで。


 従妹だから別に気にすることはないんだけど、照れくさくて言えなかった。


「二人っきり……」


「どうした、まこと?」


 まことは突然そう呟いたきり黙りこんでしまう。


 そしてなにかに気がついたのか、琴乃をキッとにらみつけた。


「そういうことかぁ! だからまことにお風呂にはいれって言ったんだぁ!」


 まことはがばっと立ち上がると地団太を踏んだ。


「 今日はまことの負けだよぉ……でも次こそは絶対に琴乃さんに勝つんだからね! ちっくっしょぉぉぉおお!」


 大声で叫ぶと、そのままリビングから去っていった。


 ちくしょう、って…… ほんとにそう叫ぶやつ、はじめてみたわ……


 なんだよ、これでまた琴乃と二人っきりじゃねえかよ……


 まあ、琴乃が寝てるからまだいいけどさ。


 はあ、なんか、さんざんな一日だったな。


 二回も鼻をぶつけるし……て、そうだよ! そもそも琴乃がへんなこと言わなければこんなことにならなかったんだよ!


 琴乃の寝顔を憎々しくにらみつける。


 自分だけ気持ちよさそうに寝やがって!


 俺のことを小学生のときから変わってないって言ったけど、その言葉をそっくりそのまま返してやりたい。


 お前の寝顔もぜんぜん変わってないからな。


 なんだろ、でも……こいつの寝顔を見てるとなんか……ほっとする。


「……京ちゃん」


「な、なんだよ! 起きたのか?」


 返事はなかった。 琴乃はすやすやと一定のリズムで寝息をたてている。


 寝言かよ。驚かせやがって。


「……最近……困らせてばかりでごめんね……」


 え?


「……だってわたし……いつも気になってたから……京ちゃんが……」


 俺のことが気になってた……?


 ていうか、困らせてばかりでって、どういうことだ?


 なんか、俺、琴乃にされてたのか……あ、高校に入学してから始まったエッチな質問のことか?


 ん? だとしたら琴乃は俺を困らせると自覚して質問をしていたということになるが……なぜ、それで俺に謝ってくるんだ?


 悪いことをしていると思ってたら、琴乃はぜったいにそんなことはしてこない。


 小さい頃からそうだった。


 琴乃が俺にちょっかいを出してきても、嫌がるそぶりをみせたら同じことを二度としてくることはなかった。


 その琴乃がダメなこととわかっていて行動をするって、いったいなにがこいつをそうさせているんだ?


「……好きなの……京ちゃん……」


 心臓が跳ね上がり一瞬呼吸ができなかった。


 体中の血液がドッドッドッと音をたてて壊れたモーターみたいに勢いよく全身を駆け巡る。


 も、もしかして、琴乃は俺のことを……


 い、いや、そんなことはぜったいないと思うけど、もし、万が一、そうだったっとしたら――――


 て、ダメだ!


 これ以上考えるのはダメなのはわかっている。


 だけど、正直なところ言葉の続きを聞きたかった。


 でも、俺が想像しているようなことではないことを信じたい!


 それに俺は約束を守るためにもその続きを聞くわけにはいかないんだ!


 だから、俺は――――


「おい! 琴乃! なに寝てんだよ! 起きろ!」


「にゅ? なぁに、きょーちゃん?」


「なぁにじゃねぇよ! 寝るんだったら自分の部屋で寝ろよ!」


「んー、ここが今日からわたしの部屋だよぉ」


「俺んちのリビングをお前のもんにするな」


 琴乃は俺の顔の真上で大きく伸びをする。


 胸もそれに合わせて上下する。


 み、見てしまうのは男の性だから……仕方ないんだ……


「ふふふ……なんか、夢の中で京ちゃんがでてきたよぉ」


 まだ寝ぼけているのか、なんだか甘ったるい口調。


「へ、へー。ならギャラをもらわなきゃだな」


「うーん、でも主演はわたしだったからなー」


 どういう理屈だよ! 主役にしか出演料を払わないって!


 まぁ、夢の話だからいいいけど。


「……わたしね、夢の中で……京ちゃん、好きなの、って言ってなかった?」


「はぁ!? そ、そ、そ、そ、そんなこと言ってなかったけどな」


「……言ってたんだ」


 なんで、俺の嘘はすぐにバレんだよ……


「……その続き……教えてあげるね」


 からからに乾いた喉がきゅっと絞まる。


 聞きたくない聞きたくない聞きたくない。


 耳をふさいで抵抗しようとしたが、間に合わず――――


「京ちゃん、好きなの? 大きなおっぱい、って聞こうとしたんだよ」


「…………て、やっぱり気になるってそのことかよ!」


 だったら寝言のときにも、好きなの、の後にクエスチョンマーク入れろや、おい!


「ん? なんかがっかりしてる?」


「そんなわけねぇだろ!」


 あーこの、巨乳ロリ、マジむかつく!


 ほんと、琴乃の考えていることが、最近ぜんぜんわかんねぇ!

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