第32話 「水着と下着」編 ⑥

 まことを見送ったあと、俺は自分の部屋ベッドに仰向けになりぼんやりとしていた。


 琴乃がさっき言ったことは一体なんだったんだろうと、そのことばかりが頭に浮かんでくる。


 俺のことを好きって言ったけど……


 全身がカッと熱くなる。


 い、いや好きという感情にもいろいろあるわけで、琴乃が恋愛感情で言ったという保証はどこにもない。


 それに、琴乃は、まことと同じくらいに、とそのあとに付け加えていた。


 これは、つまり琴乃がまことを好きという気持ちと同じくらい俺のことを好きとも受け止められる。


 そうすると、琴乃の言った好きは家族や友人を大切に想う感情としての好きになる。


 そうであってほしい……


 くそ! あいつらが目の前で声をひそめない内緒話をするから、こんなことを考えなきゃならないんだ!


 琴乃に真相を聞きたくても、内緒話に聞き耳をたててたと思われそうで聞けないし。


 あーすっきりしねぇ!


 枕に顔をうずめて絶叫しようとしたその時、ドアを四回ノックする音がした。


 琴乃だ。


 小学生のときに、ドアを二回ノックするのはトイレノックで失礼にあたると教えてやったら、それ以来なぜか四回するようになった。


 マナーとしてはかなり丁寧な行為になるみたいだが、トイレノックを二回してるのと同じだと俺は思うのだが。……どうでもいいか。


「京ちゃん、入るよ」


 いつもとは違うなんだかよそよそしい声のように聞こえた。


 琴乃の顔を見るのが気まずかった俺は、枕に顔をうずめたままだ。


「……さっきの話……聞こえてたよね?」


 琴乃の気配がベッドのすぐそばに感じられる。


 なんだか嫌な予感がして胸がざわついた。


「……さっきの話って、なんのことだ?」


「まことちゃんと帰る前にしてた話だよ」


 やっぱり、それだよな。


 どうしよう。


 ここで、聞こえてたと言えば、本当の意味を知ることはできるかもしれない。


 逆に聞こえてないと答えれば、その真相を知る機会を逃すことになる。


 知りたい気持ちは正直なところある。


 あの好きという言葉は家族や友人に対するものであることを確信したい。


 だけどもし違っていたら……


 ほんとの兄妹のような関係が終わってしまう。


 それはダメだ!


 だったら俺の取るべき答えはこれしかない。


「な、なんのことだ? なんにも聞こえなかったけど」


「ふーん」


「な、なんだよ」


「ううん、あんなに大きな声で話してたのになって。耳掻きしてあげよっか?」


「いいよ!」


 ていうか声が大きかったていう自覚あったのかよ!


 だったら内緒話をしてるように見せなくてもいいんじゃね?


 普通に会話すればいいだろ。


 あれ? じゃあ、なんでそうしなかったんだろ?


「あ、じゃあね、いいこと教えてあげる!」


 俺の耳に口をつける琴乃。


琴乃の吐く息の熱さに体がびくっと反応した。


「まことちゃんはね、京ちゃんのことが好きなんだよ」


「へぇ、そうなんだ」


「あれ? あんまり驚かないんだね」


「子供の好きなんてかわいいもんだからな」


「そうかな? まことちゃんは本気だと思うけど」


「そんなわけないだろ。まことはまだ小学生だぜ。恋愛感情から好きだって言って

 るわけないがないし」


「ふーん。違うと思うけどな」


「いーや、ぜったいそうだって。それに気持ちの変わりやすい小学生の好きなんてあてにならないからな。次に会ったときは他の誰かを好きなってるよ」


「……わたしは……わたしは小学生のときから変わってないよ」


「は? なんだよ、それ」


「…………」


部屋が静まり返る。


え? なに? なんで琴乃は黙ってんだ?


「こ、琴乃……?」


枕から顔をあげると、背中をむけた琴乃がドアノブに手をかけていた。


「お、おい、帰るのか?」


 なぜだか話かけてはいけない雰囲気のように感じた。


「あ、京ちゃん、次の日曜日あけといてね」


振り返りもせずに琴乃は言う。


「なんでだよ?」


「水着買いに行くから」


「もういいだろ、それ! て、おい、待てよ!」


 一方的に予定をいれると、琴乃はさっさと俺の部屋から出て行った。


 

 たくっ、なにしに来たんだよ。


 小学生のときから変わってないって、なんのことか意味わかんねし。


 そんなの身長しか思いつかねえよ。


 ……ほかになんか変わってないところあんのか?


 たく、琴乃の考えていることが、最近ぜんぜんわかんねえ!

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