第31話「水着と下着」編 ⑤
「忘れ物ない? まことちゃん」
「うん」
まことのケータイにかかってきた電話は、妹が生まれたという知らせだった。
一時間後に父親が迎えに来るというので、大慌てで帰り支度をしていたが、予定よりも早く到着したらしく俺たちは最後の点検に追われていた。
「おい、洗濯機の中にぱんつがはってたけど、これまことのだろ?」
「わー! お兄ちゃんだめだめだめ!」
俺が片手に掲げているぱんつに飛び付いてききたかと思うと、そのまま素早く奪い去るまこと。
テレビで見た、トンビに餌をやってるシーンを思い起こさせる。
「いや、そんなに血相をかえなくても、ちゃんと渡すから。つーか、お前、前に風呂に一緒にはいろうって言ってきたとき、俺の目の前で服を脱いでたなかったっけ。いまさらなにをはずかしがってんだよ」
「洗濯前のはいやなんだもん! 洗濯したあとのだったらいいよ」
まことは俺に丸めたぱんつ(洗濯済)をにぎらせた。
「いらねえよ!」
「えー、さみしいときは、これをまことだと思って抱き締めていいんだよ」
「どんな変態趣味だよ!」
「とても残念そうに、まことのキャリーバックにしまう京介だった」
「勝手に変な地の文をいれるのはやめてくれ」
まことの頭をぺしっと軽くはたいた。
「まことちゃん、車でお父さんが待ってるんでしょ。遊んでないで早く行かなきゃだよ」
「はーい! あ、そうだ、琴乃さん」
まことは琴乃に耳打ちするために腰を屈める。
まるで親が子供に内緒話でもするかのように。
あいかわらずどっちが小学生かわかんないな。
「あのね、まことがいなくなったからって、お兄ちゃんといちゃいちゃしたらダメ
だからね」
「そんなことしないよー」
当事者二人は、内緒話をしているつもりなのだろうが、距離が近すぎるのか、声が絞りきれてないのか、丸聞こえだった。
なんだろう、聞こえないふりでもすればいいのか?
にしても、まことは琴乃になにを注意してることやら。
そんなことを伝えなくても琴乃がそんなことをするはずがないじゃないか。
「うそだー!」
まことは声を張り上げた。
琴乃の顔がゆがむ。
そりゃ耳元であんな大声を出されたらな。
「まことねー知ってるもん! 琴乃さんがお兄ちゃんを好きなこと!」
……な、なにを言ってるんだ、こいつは……
そんなわけないだろ。
というかそうであってほしくない。
琴乃はなぜか俺の顔を何回もちらちらと見ていた。
なんだよ?
「……そうだね。京ちゃんのこと好きだよ……まことちゃんと同じくらいに」
……え?
い、いや、そんなはずはない……はずだ。
頭が混乱しているのか、はず、を重ねてつかってしまう。
「ほら、やっぱり! でもね、まことのほうがお兄ちゃんのこと大大大大大好きなんだからね!」
「お、おい、まこと、早く行かないとおじさんに怒られるぞ」
これ以上二人のやりとりを見るのが気まずくて、俺はまことを急かした。
小声で内緒話ができないなら、せめて俺がいないときにしてくれよ……
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