第30話「水着と下着」編 ④

「ただし、つきあうのはどちらが一人だけだ! それと俺はどんなに選ぶのに時間がかかろうが夕方には帰るからな!」


「わかったよ。でもわたしとまことちゃんのどっちにつきあってくれるの?」


「そういうのもういいから! お前らで勝手に決めてくれ! 早くっ! いや、そうだ、じゃんけんだ! それならてっとり早く決められる! じゃんけんしろ! ほらやるぞ! 最初はグー……あれ?」


「なんか、そういうの傷つくよね。適当にあしらわれてるみたいで」


「え?」


「うん、まことも琴乃さんの気持ちわかるよ」


「へ?」


「でもまことはこういう強引なお兄ちゃんはきらいじゃないよ」


「お前はどっちの味方だよ。つーか、適当にあしらってるわけじゃなくて、お前ら

 がさっさと決めないから提案してやってるだけだからな! じゃんけんが嫌だったらなにで決めるんだよ? 」


「じゃあさ、わたしかまことちゃんのどちらかを選ぶんじゃなくて、水着か下着のどっちのほうが京ちゃんは好きかで決めようよ」


「余計ハードル高くなってんだろ、それ!」


「でもさ、お兄ちゃん、ちょっと恥ずかしがりすぎじゃないのかなー」


「そうだよね、まことちゃん。京ちゃん、前に言ってたよね、ぱんつは布だって。水着も布に過ぎないんだから照れなくてもいいんだよ?」


「よく思い出せ、琴乃。俺はたしかにぱんつを布だとは言ったが、その前に特別のって言葉を付けていたからな!」


「あー、そういえばそうだったかも。えーと、大事なところにまとっているから、特別なんだっけ?」


「そ、そうだよ」


 あらためて言われるとかなり恥ずかしい。なんでそんなバカみたいなことを言ったんだ、俺は。


「大事なところ?」


「くいつかなくていいからな、まこと」


 自分の大事なところをまことが手で押さえようとしていたのであわててとめる。


「京ちゃんの考え方だと、水着も特別な布になるね」


「ま、まあ、そうだな」


「そしたら水着の上にスカートをはいたとして、チラッと見えたら嬉しいの?」


「……う、嬉しいかも」


「へえー、そうなんだ。じゃあパレオだったら?」


「パレオ? あースカートみたいな水着か。あれは別にそうでもないな」


「ふむふむ」


「なにを知りたいんだ、お前は」


「最後の質問。パレオの下がぱんつだったら、見えたとき嬉しい?」


「そ、そりゃうれし、ってなんだこの質問!」


「いまのでわかったよ、京ちゃん!」


「なにがだよ?」


「スカートからチラッと見えるのが下着でも水着でも京ちゃんは喜ぶ。だけど、パレオから水着が見えても喜ばない。つまり、京ちゃんにとって見えると一番嬉しいものは、下着なんだね!」


「それがどーした!だったらなんだってんだよ!」


「つまり京ちゃんの心理的なハードルの低い水着だったら、買い物に付

 き合っても恥ずかしくないでしょってことだよ」


「……なるほど。ま、そう言われたら納得でき……そうかな?」


 ほんとか、俺?


「えー、琴乃さんずるいよー」


「ずるくないよ。まことちゃんもやってごらんよ。京ちゃんは理屈をつけると操りやすいんだから」


「おい勝手に俺のマニュアルをつくってまことに教えるんじゃない!」


「じゃーねーまこともりくつを考えるー! これでお兄ちゃんが納得したらまことの勝ちだよぉ!」


「うん、それでいいよ」


「えーと、水着は水に濡れても透けないけど、下着は透けるよ! だからお兄ちゃん、まことと下着を買いに行こうね」


「どんな理屈だよ。下着のマイナスアピールしかしてないぞ、それ」


「そんなことないよー。透け透けのほうがお兄ちゃん、喜ぶもん!」


「喜びません!」


 一体まことは俺をなんだと思ってるんだろうか。


「ほらまことちゃん、そのくらいにしとこっか。わたしと京ちゃんはお買い物に行ってくるからね。お留守番できるかな?」


 うわ、こいつなぜか勝った気でいやがる。


 たしかに琴乃の理屈のほうが納得できるんだけど……


 しかしマジでそろそろ家を出ないと、ゲームをする時間がなくなってしまうからな。


 よし、ここは琴乃の勝利ということにして出かけることにしよう。


 だけどまことを一人で留守番させるのもかわいそうだし。


 ちらりとまことに目をやると、指をくわえて再び泣きそうになっている。


 はぁ、仕方ないな。


「よし、まことも一緒に行くか?」


「お兄ちゃん!」


 パァっと表情を輝かせるまこと。


 だけどすぐに顔を曇らせる。


「で、でもまことの下着はお兄ちゃんが選んでくれないんでしょ?」


 左右の人差し指の先をツンツンと合わせながら、上目遣いでおそるおそる尋ねてくる。


 従妹のそんなかわいらしい仕種に一瞬迷いが生じたが、心を鬼にして告げる。


「そうだな、まことの買い物に付き合うのは無理だ。俺も下着のお店と水着のお店を二つもまわるのはつらいからな」


 体力的にではなく、もっぱら精神的にな。そして時間的にも。


 まことは俺の言葉を受けてますますしょげている。


「それならさ、まことも水着を選んだらいいんじゃないか。下着は家から持ってきたのがあるし、まことが欲しがってるセクシーな下着はもう少し大きくなってからのほうが似合うんじゃないのかな?」


「そうなのかなぁ。ん? もう少し大きくなってから、っておっぱいが?」


「うん、そうだな、おっぱ――て、体だよ! 体!」


 身長はもう充分高いから、伸びなくてもいいんだけど。


 背を追い越されるのは正直なところ嫌だし。


「で、どうする、まこと? 俺と琴乃と一緒に水着を買いに行くか? それとも一人で

 お留守番するか?」


「まこと、一人でお家にいるのヤだー! お兄ちゃんたちと水着買いに行くー!」


 そう叫んで俺に飛び付いてくるまこと。


 髪を優しくなでてやると、サイドテールがぴょこんとはねた。


 なんか仔犬のしっぽみたいでかわいい。


「京ちゃん!」


 琴乃が鋭い視線を俺に向けている。


「な、なんだよ! い、従兄妹いとこ同士のただのスキンシップだろ、こんなの」


 身の危険を感じた俺はとっさに頭に浮かんだセリフを口にした。


「こんなの、って? まことの体をさんざんもてあそんでおいて、こんなの、って!」


「お前が勝手に抱きついてきたんだろ! つーか、まことはもうラノベを読むな!」


 影響受けすぎだろ。まったく、どんなラノベを読んでることやら。


 そうだ、今度偉人の伝記を買い与えよう。ナイチンゲールとかさ。


 小学生は背伸びしないでそういうためになる本を読むべきだ。


 ナイチンゲールは偉大な人物だし、まことも読めば博愛の精神に満ちた女の子に……いや、こいつの感性だとナースのコスプレをしたいとか言い出すのでは……


 と、くだらないことを考えていた俺だったが、現実に目をむけると琴乃とまことがなぜかバチバチと火花が散るかのようなにらみ合いをしていた。


「お、おい。なにしてんだよ。早く買い物に行こうぜ」


「京ちゃんは黙ってて!」


「お兄ちゃん、お口と鼻にチャックだよ!」


 まったく俺の言葉に耳を貸そうとしない二人。


 せめて鼻にもチャックすると呼吸ができなくて死んでしまうことだけはまことに伝えたい。


 くそ! このままでは、本当に俺の休日が終わってしまう!


 どうすればいいんだ!


 頭を悩ます俺だったが、この状況はまことのケータイにかかってきた一本の電話によってあっけなく幕を閉じることになるのだった。

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