第21話 「一緒にお風呂にはいろうよ」編 ⑤

 ……言ってやった……これでこいつらも満足するだろう……それにいまの俺の勢いなら恥ずかしさを感じることなく、このミッションをクリアできるはずだ!


 なんだ、最初からこうすればよかったんじゃないのか!


 なんかすげえ量のアドレナリンが分泌されてる気がする!


 うぉおおおおおお! 血がたぎってたァァァァアアアアア! ふるえるぞハート! 燃えつきるほどヒーート!!


「さあ、みんなで湯船につかろうぜ!」


「え? 京ちゃん、なに言ってんの。なんか変態みたいだよ」


「うん、まこともそう思う。それに三人で入れるほどお兄ちゃん家のお風呂って大きくないし。無理だよ」


「……はい?」


「まことちゃん、二人ではいろっか」


「うん! あ、琴乃さんの背中、まことが流してあげるね」


「えー、いいよー」


 きゃっきゃしながらキッチンをあとにするまことと琴乃。


 ……え? ……なにそれ……?


 呆然と立ちすくむ俺。


 いま風が吹いたら、俺の体はまるで砂のようにさらさらと流されていくことだろう。


「京ちゃん」


 あまりにも頭の中が真っ白で、呼びかけられてようやく背後にいる琴乃の存在に気づく。


 だけど振りかえることができない。


 呼吸することさえできないほどの息苦しさを覚える。


 やっちまった……


 さっきの自分の暴走ぶりが頭をよぎり、衝動のままに俺はなんて馬鹿なことを言ったんだろうという非常に強い後悔の念に駆られていた。


 琴乃にだけは、なぜあんなことを言ってしまったのかという説明をしたかった。


 まあ、勢いだけで言ったわけだけど……


 それでも、琴乃に変態あつかいされるのに俺は耐えられない。


 お互いのことを一番わかりあえているはずの俺と琴乃。


 俺がそんな奴ではないということをあいつが一番よく知っているはずだ。


 なのに変態あつかいしやがって!


 どう考えても、高校生にもなって幼なじみを風呂に誘ってくる琴乃のほうがよっぽど変態なのに!


 だけど、理解してほしいのに、きちんと説明したいのに、俺は琴乃の顔が見れない。


「ダメだよ、勢いであんなことを言ったら」


 黙っている俺の背中にむけて、琴乃がぽつりとつぶやいた。


 ……え? まさか、理解してくれてる……?


「……あれだと、ハーレムルートに突入しちゃうよ。京ちゃんにはそんなの似合わないから」


「……ハーレムルートって……お前、ギャルゲやらないのによく知ってたな……どこでそんな言葉を覚えたんだよ?」


「ん? ラノベ」


「お前もかよ!」


 まことといい琴乃といい、二人とも影響されすぎだろ。


 琴乃がバカなことを言うもんだから、なんだかふっと心が軽くなる。


 さっきまで思い悩んでいたのが嘘のように、俺の口が回りだした。


「ていうか、俺、そんなつもりで言ったわけじゃないからな」


「わかってるって。じょーだんだよ」


「冗談って、お前な」


「……京ちゃんが中学生になってから、わたしとお風呂に入らなくなった理由はわかってたよ」


「え? ……じゃ、じゃあ、なんで知らないふりをしてたんだよ! 琴乃が一緒に風呂に入りたいなんて言わなければ、ここまで話が長引くこともなかったのに! なんでだよ?」


「だって……わたしがあの時そう言わなければ、まことちゃんといまお風呂に入ってるのは、わたしじゃなくて京ちゃんだよ」


「いや……そんなことは……」


 反論できない俺がいる。


 たしかに琴乃の言うとおりかもしれない。


 血のつながった従妹だからとか、まだ小学生だからとか、もっともらしい理由で自分を納得させて、まことと風呂に入っていた可能性は大いにある。


 でも、なぜ琴乃がそんな嘘をついてまで俺とまことが風呂に入るのをとめようとしたのかは、さっぱりわからない。


「……でもね、京ちゃんになら裸をって言ったのは本音だからね」


「え? 」


 心臓がばくんと音をたてて跳ねる。


 見せてもいいなんて言ってたっけ? って言ってた気がするけど……


「な、な、な、なにを言ってるんだよ! ど、どうせそれも冗談なんだろ?」


「琴乃さーん! まこと、もうお洋服脱いだよー」


 俺の言葉を遮るかのように、風呂場からまことの元気な声が届く。


「いま行くから、先に入ってていいよー」


 それに負けないくらいの大きな声で返事する琴乃。


「さてと、それじゃわたしはお風呂に入ってくるよ。京ちゃんはもう寝るの?」


「お、おう。つーか、さっきの話なんだけどさ」


「ん? さっきの? ああ、クラスメイトが貸してくれたんだよ。面白かったからわたしも買ったんだ。興味あるなら、今度京ちゃんに貸してあげるね、そのラノベ。それじゃ、おやすみー」


「いや、ハーレムルートの話じゃないし! て、ちょっと待てよ!」


 結局、琴乃が言ってたことが本気なのか、冗談なのかはわからずじまいだった。


 どうせからかっているだけだとは思うけど。


 俺とまことが一緒に風呂に入らないように、琴乃がなんで阻止したのもわからなかったし。


 裸を見せてもいいっていうのとなにか関係があるのか?


 だけど、どんなに頭を働かせてもこの二つがうまく結びつくことはなかった。


 くそっ! もやもやする!


 ほんと琴乃の考えていることが、最近ぜんぜんわかんねえ!




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