第22話 「おっぱいの大きさ」編 ①

「京ちゃんって、おっぱいが大きいのと小さいのだとどっちが好きなの?」


「ぐはっ!」


 下校中、たまたま琴乃に遭遇し一緒に帰っていた俺は、顔面からもろに電柱にぶつかった。


「大丈夫? ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ」


 いや前方不注意が原因ではなくてお前の質問のせいだ! とは言えず。


 なにごともなかったかのように鼻をおさえた。


 血が出てなくてよかった。


「でさ、話のつづきなんだけど、どうなの? やっぱり大きいのが好き?」


 琴乃は胸の下で腕を組んで、俺をじっと見つめてくる。


 そのポーズのせいで胸がいつもより強調されている気がした。


 まるで大きい胸が好きなんでしょ、と言わんばかりに。


 というか、いきなりそんな質問をされても答えられるわけがない。


 クラスの男子生徒ならともかく、幼なじみとはいえ女子である琴乃に、自分の性癖をさらすなんてできるわけがない。


「ど、どっちでもいいだろ」


 俺はそっぽをむいてぶっきらぼうに返事する。


 あいまいな俺の答えに琴乃は不満げな様子。


「ふーん、でもさ、どっちでもいいってことはおっぱいが好きなことは好きなんだね」


「い、いや、そんなに興味ねぇし!」


「そんなに? じゃあすこしはあるんだね」


 くそ、挙げ足ばっかとりやがって。


「言っとくけどな、おっぱ、いや胸は脂肪の塊に過ぎないと俺は思ってるからな」


「ふーん、そうなんだ。じゃあなんでロリ巨乳の画像をたくさん持ってたの? 脂肪が好きならお腹とか二の腕も悪くないと思うんだけどな」


「そ、それはそうかもしれないけど……」


 とは言うものの、二の腕はともかく、脂肪の塊のようなお腹の画像は保存したくはないな。


「ねえ、なんでー? なんで同じ脂肪なのにおっぱいの画像しかなかったのー? ねえってばー! 京ちゃーん、なんでー?」


「あーもうしつこいな! 二つあるからだよ! 二つ!」


「なにが?」


「だから、おっぱ、いや胸がだよ!」


 やっぱりはっきりと口にするのは抵抗がある……


「二の腕も二つだよ?」


 左と右……たしかに……勢い任せで適当なことを言うもんじゃないな……


「もうじゅうぶん京ちゃんがおっぱいを好きなのはよくわかったからさ」


「言ってねえよ! 一言も言ってないから!」


「大きいのと小さいのだと、どっちが好み?」


「話聞けよ! つーか別にどっちでもいいし!」


「隠さなくてもいいんだよ。言っちゃいなよー」


 歩きながら俺の脇腹を肘でつついてくる琴乃。


 たく、なんで答えるのが恥ずかしいことばっかり聞いてくるんだよ。


 俺を困らせてそんなに楽しいのか?


 しつこく突いかれているせいでだんだんと脇腹が疼きはじめた頃、琴乃がぴたりとその場にたちどまった。


 なんだ?


 俺もつられて足をとめる。


 琴乃はわずかに熱を帯びた目で俺を見つめている。


「もし京ちゃんが大きいほうが好きなんだったら……わたしの胸……触ってもいいんだよ」


 一瞬、呼吸を忘れてしまう。


「え? 琴乃、お前なにを言ってん――ぐはっ!」


 琴乃と目を合わせるのが恥ずかしくなって、顔を勢いよくそらした俺はとても固いなにかにぶつかったのだった。


「大丈夫、京ちゃん? 二回目だよ!」


「言われなくてもわかってるよ!」


 鼻をおさえて顔をあげると、そこには見覚えのある扉。


 俺んの玄関のだ……


 どうやら琴乃と話をしているうちに家までたどり着いていたようだった。


 琴乃の質問に気をとられていて、周りがまったく見えてなかったとは情けない。


 ぶつけた鼻を手で押さえたが、幸いなことに今回も血は出ていないようで安心する。


 小学生の頃はすぐに鼻血をだしていたのにな。


 俺の鼻も頑丈になったもんだ。


「ぼんやりして歩いてるからだよ。気をつけるんだよ」


 俺を扉に激突させた元凶はなに食わぬ顔で言葉をかけてくる。


「いやお前がいきなり予想外のことを言うからだろ!」


 さすがに一日に二回も同じ目にあわされると、なにか言ってやらないと腹の虫がおさまらない。


「ん? 予想外のことってなあに?」


「お、俺が大きいほうが好きだったら、こ、琴乃がおっ、い、いや胸を触ら――って言えるかー!」


 なんだ、この羞恥プレイは! いや、そんないいものではない。こんなの罰ゲームだ!


 はあ、顔が熱い……


 そんな俺をなぜか満足げににやにやしながら見ている琴乃。


 なんなんだよ、俺が恥ずかしがってるのを見て楽しんでるのか?


 高校に入学する前のお前はそんな奴じゃなかっただろ!


 と、心の中でいくら憤慨しても、琴乃に届くはずもなく……


 はあ、なんか頭が痛くなってきた。


 ため息をつき、こめかみを押さえる。


 琴乃とこれ以上話をしていると、いつまでたっても家に入れそうにないので俺は無視を決め込むことにした。


 家に帰ったらとりあえず冷たいコーラでも飲んですっきりしようと、ドアノブに手をかけたのはいいのだが、扉を開けるのをためらってしまう。


 琴乃とのやりとりですっかり頭の中から消え去っていたが、俺のもう一つの頭痛の種がこの扉のむこうにいることを思い出したからだ。


 しかしずっと玄関の前でたたずんでいるわけにもいかないので、俺が帰ってきたのを知られないようにそーっと扉を開けた。


 その瞬間。


 一目散に玄関まで駆けてくるモデルのようなスタイルの美少女。


 もう一人の頭痛の種であるまこと(小学五年生)だ。


 つーか、ほとんど音をたてずに扉を開けたはずなのに、俺が帰ってきたことがよくわかったな! どんだけ耳がいいんだよ! ナメック星人か!


 まこと(おそらく地球人)は走るスピードを緩めることなく、勢いよく俺に抱きついてくる。戦闘力は高くないようで吹っ飛ばされずにすんだ。もしくは気をコントロールしてくれたのだろう。


「おかえりーお兄ちゃん! まこと、一人で寂しかったよぉ」


 身長が俺とそれほど変わらないので、抱き締められると顔が密着しそうになる。


 従妹でさらに小学生なのにドキッとしてしまった自分が悲しい。


 ふと胸の辺りにふにふにと柔らかいなにかがあたっているのに気づく。


 なんだろうとそこに目をむけると、まことの胸が押しあてられていた。


 服の上からだとまったく胸のふくらみを感じさせないが、こうして抱きつかれると小さいながらもその弾力に驚かされる。


 なんというか、俺はこの感触をもうしばらく味わっていたい!


「残念だよ……京ちゃんはまことちゃんくらいのがいいんだね」


 ぼそりと呟いた琴乃はなぜか涙目で俺をにらんでいた。


 あわてて抱きついているまことの腕をほどいて、俺の体から引きはなす。


「な、なんの話かはまったくわからないんだけど、まことはまだそういう対象にするのは早いんじゃないかな」


 まことは、俺と琴乃がなんの話をしているのかわかっていないようで、不思議そうに俺たちを眺めていた。


「でもふくらみはじめを好む男子もいるってクラスメイトが言ってたよ!」


「詳しいな、そのクラスメイト!」


 たしかに俺のクラスにも少数ながら存在している。


「ねえねえ、さっきからお兄ちゃんたち、なんのお話してるの? ふくらみかけを好む男子ってなあに?」


 まずい! まことが興味を示めしている。


 さすがにお前の胸の大きさについてだとは口が裂けても言えない。


 なんとかごまかさないと――


「……も、餅のことだよ……」


 なに言ってんだ俺!


 もっとほかに膨らむものってあるだろ!


 いや、ふくらみかけた餅を好きな男子は存在するはずだ!


 意外といけるんじゃないか、これ!


「でもふくらみ始めのお話をするすこし前に、まことはまだ対象にするのは早いとか言ってたけど、お餅とどう関係あるの? 」


 記憶力いいな、こいつ!


 その台詞を言った俺はとうに忘れてたというのに。


 くそ、どうする? なんて答えればいいんだ。


「だ、だからまことは餅を……食べ物の対象として……見るのは……年齢的にまだ早いんじゃないのか……と」


 い、言い訳が苦しすぎる。


 これだとまことに、「お前が餅を語るのは十年早い!」って言ってるようなもんだ。


 なんだよそれ。俺は何者なんだよ! 餅マスターか! て、餅マスターってなに?


「なにそれー。お兄ちゃん、ぜんぜん意味わかんないよ」


 ごめん、まこと。俺も完全に同意見だ。


 俺の答えに当然のことながら納得をしていないまことは、自分で推理しようと腕組をしてうんうん唸っている。


 気づくな! 真実に気づかないでくれ!


 お前はそんなに勘のいい子ではないと、お兄ちゃんは信じてるぞ!


「ふくらみかけとかまことにはまだ早いとか言ってたし――あー! まことわかったよ! お兄ちゃんと琴乃さんが話てたのはおっぱいのことだ!」


 人さし指をびしっと俺に突きつけるまこと。


 その目には自信があふれている。


 だけど俺はそれを認めるわけにはいかない。従妹の胸の話をしていたとはどうしても認めるわけにはいかないんだ!


「そ、そ、そ、そ、そ、そんなことあるわけないだろ!」


「やったぁ! 当たったぁ! お兄ちゃんってほんとわかりやすいよね」


 ……はは、胸の話をしてたのがばれたうえに、小学生にバカにされるとは……


 乾いた笑いが自然と口からもれる俺だった。


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