第17話 「一緒にお風呂にはいろうよ」編 ①
「ねえ、お兄ちゃん、一緒にお風呂はいろうよぉ」
「へ?」
リビングでテレビを見ていた俺は、手に持っていたリモコンを落としてしまう。
俺をお風呂に誘ってきたのは、手足が長く背の高いスタイルのいい美少女。
淡い青色のワンピースが、彼女の持つ健康的で爽やかなイメージと非常に合っている。
ことわっておくが琴乃ではない。
たしかにあいつは小・中学校時代に可愛いと言われていたし、俺もそうだとは思っている。
しかし、いま俺の目の前にいるのはモデル体型の美少女だ。
琴乃も美少女ではあるが、背が低すぎて残念ながらモデルのようだとは言えない。
小学生向けのファッション誌の読者モデルとしてならば通用しそうだけど。
それにしても今日は琴乃が女子会をするとかで家にいないから、この手のアクシデントは起こらないと思っていたのに……
まさか、しばらくの間、家で預かることになった従妹に風呂に誘われるとはな……
平凡だった俺の日常が崩れていく……
「ねえってばー。久しぶりなんだし、いいでしょー」
従妹は俺の袖をくいくいと引っ張ってくる。
サイドテールの髪がそのたびに揺れる。
なんだか遊んでほしそうな仔犬のしっぽみたいでかわいい。
まあ、たしかに去年までは、この従妹と一緒に風呂に入っていた。
しかし、こんなにも体が成長したとなっては話はかわってくる。
「ダメだよ、まこと。もう大きいんだから一人ではいりなさい」
「えー、まことまだ大きくないもん! 五年生だもん!」
高校一年の俺とそれほど身長がかわらないまこと(小学五年生)は、甘えた声で抗議してくる。
俺が言ってるのは年齢のことではなくて体の大きさのことだったのだが、理解してくれなかったようだ。
というか去年まで年相応に小さかったのに、わずか一年で著しく成長したもんだ……
「いいか、まこと。おまえ、もうすぐお姉さんになるんだろ。そろそろ一人でお風呂に入れるようにならないと、産まれてくる弟か妹に笑われるぞ」
「赤ちゃんは泣くのが仕事だってママが言ってたん! だから笑わないもん!」
ぷくっとほっぺを膨らませるまこと。
「いやいや、赤ん坊だって笑うからな」
「でもやだー! 笑われてもいいから一緒にはいるー!」
「ダメだ! とにかく今日は一人ではいりなさい!」
「今日は? ってことは明日はいいってこと?」
「あーもう! 小学生みたいな屁理屈をこねるなよ!」
「まこと、小学生だよ?」
「……そうだったな」
見た目が俺よりも年上に見えるせいで忘れてたわ……
「と、とにかく! 今日もダメだし、明日も明後日もダメだ! これからもずーっと、俺はまこととは一緒にお風呂には入らないからな!」
俺がいつもよりも強い口調で告げると、みるみるうちにまことの目に涙が溜まりだす。
あ、ヤバい! と思ったときには時すでに遅く、まことの目から一滴の涙がぽろりとこぼれ落ちた瞬間。
「うわぁーん! お兄ちゃんに嫌われたよぉ!」
泣き顔を隠そうともせずにまことは次々と大粒の涙を流す。
体が大きくなっても、こういう子供っぽいところは一年前のまこととなんにも変わってなくてほっとする。
て、安心してる場合ではない。
こんなに大声で泣かれたら近所に迷惑もかかるし、なんとかして泣くのをやめせないと。
「ねえ、まこと。お兄ちゃんは、別にまことのことを嫌ってるわけじゃないんだよ」
「嘘だぁ! まことのことが嫌いになったから、一緒にお風呂にはいってくれないんだよー!」
「いや、だからまこともこの一年でかなり体も大きくなったし、一緒にお風呂にはいると、お兄ちゃんも男の子だから、その、なんだか大きくなりそ」
て、おい! 俺は小学生になにを言おうとしてるんだ……
「大きく? お兄ちゃんもまだ大きくなるの?」
まずい! くいついてきた!
「いや……風呂に入らなければ……大きくはならないから」
そんなキラキラした目で質問してこないでくれ。邪な煩悩だらけの男子高校生には耐えられそうにない。
俺はまことから視線をすっと反らした。
「んー、よくわかんないけど、お兄ちゃんはまことの体が大きくなったから、一緒にはいってくれないってことなの?」
まことは自分の胸に手をあてて悲しそうに呟く。
ちなみに胸は年相応だ。いや、小学生の平均は知らないけど。
「うーん、まあ、その、つまりはそういうことだ」
「でもまことは一年前となにも変わらないよ。お兄ちゃんになら裸をみられてもかまわないし」
「ま、まぁ従妹なわけだし。意識するほうが変なのかもしれないけど」
「ううん、そうじゃなくて……だって……まことはね」
ソファーに座ってる俺の横にまことは腰をおろすと、ぎゅっと俺の手を握りしめてきた。
まことは俺を真剣な眼差しで見つめている。
くっきりとした二重瞼、吸い込まれそうになるほど透き通った大きく黒い瞳。
それに加えて整った顔立ち。
とても俺と血がつながっているとは思えない。
そんな美少女と息がかかりそうな距離にいる。
相手が従妹だとか小学生であるとか、そういったものが一気に頭から吹き飛びそうになる。
否応なく心臓の鼓動が早くなった。
ダメだ……理性が押さえきれなくなりそうだ…………堪えるんだ!
だが、まことはとどめをさすかのように、耳元でこうささやいてきた。
「まことはお兄ちゃんのことが、ずっーと前から大好きだったんだよ。だからまことのこと、お兄ちゃんの好きにしていいんだよ」
アダルトなセリフに似つかわしくない、子供っぽい舌足らずな口調。
そして学芸会のお芝居のような棒読み。
大人に憧れて背伸びしている感じが全面に出過ぎていて、なんだかほほえましい気持ちになってしまう。
おかげで俺は冷静さを取り戻すことができた。
まあ、こういうのが好きな人も世の中にはいるのだろうけど。
「ありがとうな、まこと。 お兄ちゃんもまことのことを大切に想ってるよ。ところでさ、そんなセリフどこで覚えたんだ?」
「ラノベ!」
おいおい、最近のラノベはどうなっているんだ、まったく。青少年にもっと健全な内容を提供するべきじゃないのか!
どの口が言ってんだよ! という謎のツッコミが聞こえたような気がしたが、まことが変なことを言ったせいで、気がまだ動転しているからだろう。
「お兄ちゃん!まこと、もう我慢できない!」
まことは着ているワンピースを素早く脱ぎ捨てる。
「なにやってんだ、お前は!早く服を着ろ!」
慌てて手で両目を隠したが、好奇心には逆らえず指の隙間からまことの姿を確認する俺!
しかし、まことは裸ではなく白いキャミソール姿だった……
べ、別に残念だなんて思ってないし!
「さっ! お兄ちゃん!まこととお風呂にはいろ!」
俺の腕を掴んでソファーから立ち上がらせようとするまこと。
腰がわずかに浮いたところで足がからまってそのまま――――
まことに覆い被さるようにリビングの床に倒れこんでしまった。
「痛いよー、お兄ちゃん」
わずかに目を潤ませるまこと。
「あ、ごめん。怪我しなかったか?」
「うん大丈夫だけど……」
「どうした? どこかぶつけたのか?」
「……お兄ちゃんの手が」
「俺の手?」
まことに指摘されてあらためて自分の手の位置を確認すると、右手は倒れた拍子に床に手をついたみたいだったが、左手は床ではなくまことの胸を思いっきり掴んでいた。
どうりで床とは思えないほどに柔らかい感触なわけだ。
て、そんな感想をいだいてる場合じゃなかった!
早くこの体勢をなんとかしなければ!
誰かに見られたりしたら、確実に俺が女の子を襲ってると思われるだろうし。
「ごめんな、まこと。すぐに離れるか」
「京ちゃーん、ただいま――――て! えぇえぇえぇえぇぇええええぇぇぇえぇぇえぇえぇぇぇっぇえええぇ?」
芸人顔負けのオーバーリアクションをとった琴乃が、リビングのドアを開けたポーズのままフリーズしていた……
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