第18話 「一緒にお風呂にはいろうよ」編 ②

「えーほんとにまことちゃんなの? 信じられない」


 キッチンのテーブルを三人で囲んで座る。


「だろ? 俺も最初、誰だかわからなかったし」


「京ちゃんは黙ってて!」


「ご、ごめん」


 正面に座る琴乃がすごい剣幕でテーブルをバンッと叩くもんで、つい謝ってしまう。


 怒らせるようなことはなに一つしてないのに、なんでこんなにも機嫌が悪いんだ?


 心当たりがあるとすれば、さっきのまこととの一件だけど。


 それもただのアクシデントだっていうのは、ちゃんと説明したし。


「でもどうしたの、京ちゃんに突然やって来て? 夏休みはまだ先だよね 」


「ママが、あ、お母さんが入院したから、しばらくの間お世話になることになったんです」


 琴乃の隣で姿勢を正して座るまことは、おそらく子供っぽくみられたくないのだろう、ママをお母さんと言い直している。


「入院って、おばさんはどこか悪いの?」


「いえ、そうじゃなくて。まことに、あ、わたしに弟か妹ができるんです」


 まことは年上のお姉さんである琴乃には、きちんとしているところをみせたいようだ。


 俺との態度が違い過ぎて、なんかもやっとするけど。


 とはいえ、まことは年に何回か俺んちに遊びに来ているから、琴乃とはもちろん面識がある。


 おかしいな、去年まではこんな話し方をしていなかったはずなんだけどな。


 なんだろう、自分のことをを大人っぽくみせたい年頃なのか?


「あーそういことか。それじゃあ、おばさんが出産して退院するまでは、京ちゃんにいるってことね」


「はい。そうなんです。予定日が一週間後くらいなんで。それまではお兄ちゃん、あ、京介さん? ……えーと……そう! 京介の家にいますよ!」


 なぜ言い直したうえで呼び捨てる!


 慣れないことをしてるといつかボロがでるぞと伝えてやりたいが、従妹の成長を見守りたい気持ちもありぐっとこらえる。


「そっかぁ。でも気をつけなよ。またさっきみたいに京ちゃんに襲われたら、お姉さんに言うんだよ」


「はい! 琴乃さん、ありがとうごじゃりましゅ!」


 ほら、噛んだ。


 いや、それよりも襲われったって!


「おいおい、さっきのはただの事故だって説明しただろ! つーか、まこともお礼を言ってんじゃないよ!」


「京ちゃんは黙ってて!」


「は、はい……」


 今度はテーブルをバンバンっと二回続けて叩く琴乃。


 なんでこんなに機嫌が悪いのか、さっぱりわかんねえんだけど!


 俺、なにもやましいことなんてしていないのに……


「お兄ちゃん! じゃなかった……えーと、京介!」


「て、おい! 俺とまことはいつから名前を呼び捨てあう関係になったんだよ!」


「ん? 前世からだよ!」


「……また、ラノベの影響か……? まぁいい。で、なんだよ?」


「ねー、一緒にお風呂はいろーよー!」


「またそれかよ! 入らないって言ってるだろ!」


「そんなこと言わないでさー。さっきは、早く一緒に入りたいからって、まことのワンピースを脱がせたくせにー」


 顔を赤らめて、もじもじと自分の着ているワンピースの裾を引っ張っるまこと。


「ば、ばか! おまえ、なに言ってんだよ! そんなこと俺がするわけない……て、え? 琴乃……さん……?」


 真正面にすわる琴乃からただならぬ気配を感じ、なぜか幼なじみにさんづけしてしまう俺。


「……京ちゃん……それ……どういうこと?」


 琴乃が椅子からゆらりと立ち上がり、夜叉のような顔で腕を組み、俺をじーっと睨みつけていた。


 体の大きさがいつもの倍以上に感じられる!


 それでようやく俺と同じくらいなんだけど。


 いや、そんなに小さくはないか。


「ど、どうした琴乃? そんなおっかない顔して」


「そうですよ、琴乃さん。お兄ちゃんは、これからまこととお風呂でいちゃいちゃするんですから、じゃましないでください」


「おい、まこと! なにを適当なことを言ってるんだよ! 小学生と風呂でいちゃいちゃなんてするわけないだろ!」


「ふーん、それは、いちゃいちゃはしないけど、まことちゃんとお風呂には入るという宣言と受け取っていいのかな?」


 殺意が込められているかのような熱い視線を送ってくる。


 こんなにもときめかない熱い眼差しを、これからの人生で二度と受けないことを願うばかりだ。


「いやいやいや、まこととは一緒に風呂にもはいらないから! とにかく落ち着けよ!」


 琴乃の小さな体から赤い炎のようなオーラが見えた気がした。


 もしかしたら俺にはスピリチュアルなものを感じ取る能力があるかもしれない!


 いつかは三輪先生みたいに、て、そんなわけないか!


 それよりも、さっきからなんで琴乃がこんなにも感情をむき出しにしているのかが俺には理解できない。


 俺は琴乃に敵視されるようなことをした覚えは一切ないというのに!


 そう考えると、このあまりにも理不尽な状況に無性に腹が立ってきた。


 「ていうかさ、おまえ、さっきからなにが気にくわないのか知らないけど、突っかかってきすぎじゃね? これって俺とまこと、いとこ同士の話なんだから、お前関係ないよな? 俺が従妹と風呂に一緒に入ろうが入らまいが、お前に口出しする権利なんてないだろ!」


 頭に浮かんだ言葉をすべてぶつけると、しばらくのあいだ興奮していて周りが見えていなかったが、徐々に冷静になる。


 琴乃は目をふせて俯いていた。


 ヤベっ、言い過ぎた……


「すまん! 琴乃! 関係ないはさすがに――」


「か、関係あるもん!」


 琴乃は顔をあげると大きな声でそう主張してきた。


 その目にうっすらと涙を浮かべて。




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