第9話 「パンチラ」編 ⑥

「琴乃! 聞いてくれ! あのとき好きだって言ったのはぱんつのことじゃないんだ」


「えぇ! じゃあなんだったの?」


「虹だよ!虹! 架かってたろ、空に! 七色のが! 俺は虹の色で水色が好きって言ったんだよ!」


「でもわたしはそのとき水色のぱんつを穿いてたよ」


「いや知らねぇよ。あ、でももしかしたらそれで勘違いしたんじゃねぇの? 水色の下着を俺が見たから、そう言ったんだって」


「そ、そんな……あの時からずっと京ちゃんは水色のぱんつが好きだと思って……」


 ソファーから床に崩れ落ちて両手と両膝をつく琴乃。

 四つん這いになり頭をうなだれて、絵に書いたように落ち込んでいた。


 そんなにショックをうけるようなことなのか?


 というか水色が好きなのは間違いない事実なんだけどな。


「……ゃん……京ちゃん」


 このまま死ぬんじゃないかと思えるほど、息も絶え絶えな琴乃。


「な、なんだよ?」


「……京ちゃんが好きなぱんつを……教えて……」


「まったく意味がわからないのだが」


「じゃあ、わたしの思い出を返して」


「ますますなにを言ってるのかわかんねえよ!」


 恨みがましい顔で俺を見ている琴乃。


 なんか俺が悪いみたいになってるけど、勘違いしてた琴乃のせいだからな。


 とは思ったものの、琴乃にいつまでもそんな顔で見られるのも気分がよくないわけで。


 仕方ない。


「ていうか、虹を見て水色が好きって言ったのは間違いない事実なんだけどさ、べ、べつにそれは虹だけに限ったことじゃないからな」


「え? ……どういうこと……?」


「水色の、し、下着も悪くないんじゃないかってことだよ!」


 琴乃はがばっと立ち上がると、俺に飛び掛かるような勢いでつめよってくる。


「ほんとに、京ちゃん! 水色が一番? 一番好きなの?」


「順番なんてどうだっていいだろ! つーか、立ち直るの早いな!」


「あ! ちょっと待ってね」と琴乃は背を向けると、俺には見えないようにスカートの裾をめくりあげてその中を確認しはじめた。


「……色は水色だけど……柄はどうなんだろうね?」


 おい! 幼なじみの目の前で下着と会話をしてんじゃねえよ!


「京ちゃん、水玉は好き?」


 トークは終了したみたいで、琴乃は唐突にそんなことを尋ねてきた。


「は? なに急に?」


「いいから答えてよー」


「それって、どう考えても下着の柄のことだよな。なんで琴乃に、俺の好みを教えなきゃなんねえんだよ!」


「水色が一番好きなのをカミングアウトしたわけだし、だったらこの際どんな柄が好きなのかも、まとめて言っちゃおうよ!」


「どんな抱き合わせだよ! つーか、たかが好きな下着の色を言っただけでカミングアウトとか、俺はどんだけそのことで悩んでたんだよ!」


 あ、水色が好きって言っちゃったよ……


「もう! ごちゃごちゃ言ってないで、水玉は好きなのか教えてよー」


「うるせえな! フツーだよ! フツー」


 ぜったいに俺が好きな柄は答えないからな!


 なんで幼なじみに俺の性癖を告白しなきゃなんねえんだよ!


「ふーん。じゃあボーダーは?」


「しつこいな!」


「えー、じゃあ、パンダの柄?」


「見たいんだったら上野に行くし」


「え! まさか、縞パン?」


「……ど、どうかな」


「なるほどー。京ちゃんは縞パンが好きなんだね」


「て、いまのでなにがわかったんだよ! 一言も好きだなんて言ってないだろ!」


 それに、まさか、ってなんだよ!


 世の中の男子の九割は縞パンが好きなんだぞ……たぶん。


「言ってないけど、京ちゃんの反応を見てたらすぐにわかるよ」


「マジかよ……」


 俺の鼻を琴乃は指でちょんっと軽くつついた。


 そんなにわかりやすいのか、俺は?


「でも残念だな……は持ってないんだよね」


「水色のって、その色以外のだったらあるのか?」


「うん、いちおう持ってるよ。でもまさか京ちゃんが縞ぱんが好きだとは思ってなかったからね。他の柄なら水色は揃えてあるんだけど」


「いや、まだ縞パンが好きだとは言ってないからな。え? ていうか琴乃って水色の下着をそんなにたくさん持ってるのか? それって……もしかして」


「ん? なんでだと思う?」


 琴乃は俺が尋ねようとしていることを察知したのか、にやにやしながら逆に質問をしてくる。


 くそ、はっきりと聞くと自意識過剰だと思われそうだったから、言葉を濁したのに。


 でもこのままではなんかすっきりしないし。


 ならば、男らしく堂々と言い切ってやる!


「そ、それは、俺が子供のとき琴乃に、水色が好きだって言ったから……だよな?」


 俺の意志とは裏腹に疑問形になってしまう。


 そんな俺を見つめながら、琴乃は口元が緩むのを我慢するかのように、唇をきゅっと結んでいた。


「さあ、どうだろうね。あ! もうこんな時間なんだ! わたし、帰るね! おやすみ、京ちゃん」


 早口でそう告げると、俺に背をむけてリビングから飛び出して行った。


「おい! 待てよ、琴乃! さんざん俺に質問をしてたんだから、せめて俺の質問くらいは答えろよ!」


 走り去る琴乃の後姿にむかって、俺はそう俺は絶叫したのだった。








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