第10話 「パンチラ」編 ⑦

 それから何日かはここ最近では珍しく、琴乃は俺に返答に困るような質問をしてくることはなかった。


 なんだか常に眠そうなのが原因なのだろう。


 そのためなのか、琴乃は頻繁に手に持っているものを床に落としていた。


 リビングでテレビを見ているときはリモコンを、キッチンでお茶を飲んでくつろいでるときはスマホを。


 朝食を食べているいまもお茶碗をゆらゆらさせている。


「お前さ、最近夜遅くまでなんかしてんのか?」


「ふぁ? うん、中間試験が近いから勉強だよぉ」


 あくびをしながら答える琴乃。目も半分くらいしか開いていない。


「あんまり無理すんなよ。しょっちゅういろんな物を落としたり倒したりしてるし、気をつけろよな」


「だいじょうぶだってー」


 箸を握ってる手をひらひらと振る。


 ほんとに大丈夫なのか? と不安になっていると、琴乃が箸をぽろりと落とした。


「あ……あぁ……お箸が……」


「ほらな。気をつけろって言ったばっかなのに」


 琴乃は床に落ちた箸をぼけーっと眺めてるだけで動こうとはしなかった。


「はいはい。俺が拾いますよ。拾えばいいんでしょ」


 たく、子供じゃないんだから。


 そう思いつつも琴乃を甘やかしてしまう自分が悲しい。


 と、それよりも箸はどこに転がったんだ?


 テーブルの下に上半身だけ潜り込んで、床をくまなく見る。


 箸は琴乃の足元に落ちていた。


 拾おうと手を伸ばしたとき。


「あ!京ちゃん!」


 琴乃が急に大きな声で呼んできたから、驚いて頭を勢いよくあげてしまう。


 ガンっ!


 テーブルにしこたま頭をぶつけた俺はその場にうずくまった。


「あぁ! いってぇ! なんだよ、琴乃?」


 頭をさすりながら目の前に座っている琴乃を見上げると、そこには水色の縞模様の布が。


 え? これって、もしかして……


 それは琴乃のスカートから覗いているだった。


 心臓がばくんと音をたてる。


 顔が熱くなってくる。


 琴乃のパンチラを見てなんだか恥ずかしくなった俺は、急いで目をそらし慌てて立ち上がった。


 そしてまたしてもテーブルに思いきり頭をぶつけてしまうのだった。


「いってぇ……」


「うわぁすごく大きなこぶができてるよ」


 テーブルの下から這い出てきた俺の頭を、琴乃は優しくさする。


 なぜだろう、心臓の鼓動がやたらと早い。


「たく、琴乃がいきなり大声で呼ぶからだぞ!」


「ごめんね。でもほんとに大丈夫? 顔も真っ赤になってるよ」


 自分の頬を触ると激しく熱を帯びているのがわかった。


 それが痛みのせいではないのも。


「か、顔が赤いのは頭をふつけたせいだよ。べ、べつにもうそんなに痛くないし」


「ならいいんだけど……」


 琴乃のぱんつを見て顔が赤くなったって知られたら、また変な質問されるんじゃないかと心配になり、先に防衛線をはる。


「……てっきりわたしのぱんつを見たからなのかなって思ったのにな」


「そ、そ、そ、そ、そんなわけないだろ!」


 ヤバイ! バレてる? ていうか、俺めっちゃ動揺してんじゃん!


 これでは見たと言ってるようなもんではないか。


 つい数日前に、お前のぱんつを見てもドキドキしないって、琴乃に言ったばっかなのに。


 どうしようどうしようどうしよう……


 このままだと絶対にまた変なことを聞かれてしまう。


 頭の中がパニックで、体がぴくりとも動かなくなる。


 額から冷や汗をとめどもなく流している俺に、琴乃は優しげに微笑みかけてくる。


「ふーん。違うんだ」


 拍子抜けするほど、さらりと納得する琴乃。


 あれ? あれだけ俺が動揺してたのに悟られなかった? 寝不足だから気がつかなかったのか?


 なんにせよ、ぱんつを見たことを琴乃に気づかれなかったみたいなので胸をなでおろした。


 だけど、なんだか琴乃の声が弾んでいるように聞こえたけど、きっとそれは俺の勘違いだろう。


「あ! 京ちゃん! もう家を出る時間だよ!」


「なに! ほんとだ! 遅刻ギリギリじゃねえかよ!」


 琴乃に手をひっぱられる。


 もう片方の手で学生カバンをひっつかみ玄関までダッシュでむかう。


「京ちゃん早く早く! 置いてっちゃうよ」


 琴乃はその場で駆け足をして俺を急かす。


「わかったわかった。玄関の鍵かけたらすぐ行くから! たく、寝不足のくせに元気だな、琴乃は」


「ふふふ、わたし寝不足なんかじゃないよ」


「は? いや、勉強してて夜更かしをしてたって」


「言ったっけ?」


「言った! ぜったい言った!」


「そんなことより早くしなきゃ電車に乗り遅れちゃうよ!」


「お、おい! 話はまだ終わってないぞ! て、ほんとに時間がやばいな」


 駅までの道を全力疾走する俺と琴乃。


 足の遅い琴乃は俺より少し遅れて走る。


 ちゃんと俺についてきてんのか心配なんで、ちらちらと振り返り確認する。


 だけど琴乃の姿を見ていると、いましがたの水掛け論がよみがえってきて、いらいらが募ってくる。


 くそ! たしかに寝不足って言ってたのに!


 なんで嘘なんかつくんだよ!


 それにさっき見たのは間違いなく水色の縞パンだ!


 水色のは持ってないって、この間言ってたくせに!


 なんだよ、持ってんじゃねえかよ!


 寝不足じゃないって言ったりとか、水色の縞パンを持ってないって言ったりとか、どうなってんだよ! あいつの頭ん中は!


 ほんと、琴乃が考えてることが、最近ぜんぜんわかんねぇ!




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