第8話 「パンチラ」編 ⑤
その音は、ソファーに座っている琴乃が、頻繁に足を組み替えているために発生していたのだ。
あー、だからああいう衣擦れの音がしたわけか。
ていうか、あいつはほんとなにを考えてるんだ。
俺を振り向かせる手段なら他にもあるだろうに。
まぁ謎が解けてすっきりしたわ、と再び顔の位置をゆっくりと戻そうとしたとき。
「もうおしまいなの?」
「え? な、なんのことだ?」
「せっかく見えやすくなるように、足を組み替えてあげてるんだけどな。そっか、元の体勢に戻っちゃうんだ」
どうやらばれていたようだ……
振り返ることも、顔を元の位置に戻すこともできずに固まる俺。
そんな俺に琴乃は優しい口調で囁きかけてくる。
「 水色だよ。京ちゃん、好きでしょ?」
「なんの話だよ? たしかに好きな色ではあるが」
「もう、ぱんつの話に決まってるでしょ! 京ちゃんは水色のぱんつが好きなんだもんね」
「ちょっと待てー! なにを勝手に決めつけてんだよ!」
とは言ったものの、琴乃の言うとおりだった。
清楚な白もいい、セクシーな黒も悪くない、小悪魔的な赤も捨てがたい。
だが、ダントツなのは清純無垢な雰囲気の爽やかな水色だ!
いや、こんな俺の主張はどうでもいい。それよりもこんなこと男子にも言ったことがないのに、なぜ琴乃が知っているんだ?
「えー忘れたのー! 京ちゃんが前に言ったんだよー! わたしが穿いてるぱんつを見て『俺、水色が好きだ』、って」
「嘘をつけ! 嘘を! 俺がそんな変態みたいなセリフをはくわけがないだろ! 」
「ほんとに忘れてるんだね」
「忘れてるもなにも、言ってないんだから記憶になくて当然だろ!」
「ううん、京ちゃんは言ったの!」
琴乃は目にうっすらと涙を浮かべつつも、強い口調で断言した。
俺のことをからかったり、嘘をついている感じではなさそうだ。
「じゃあさ、そこまで言うなら教えてくれよ!それっていつの話だよ?」
「小学二年生の夏休み!」
「小二の夏って……お前、そんなことよく覚えてるな。それを聞いても俺はまったく思い出せないけど。まあ、いい。で、どこで言ったんだ?」
「ほら夏休みに京ちゃんと外で遊んでて、夕立にあったでしょ」
「まぁ夏だしな。そういうこともあったんじゃないのか」
「それで、どこかで雨宿りしようって、京ちゃんがわたしの手をひいて一緒に走ったの」
琴乃の手を握るなんて、いまだと考えられないな。恥ずかしすぎて。
「でね、いつも遊んでたお寺を見つけてね」
「あったあった! その寺は覚えてる。長い階段を登った先にあるんだよな」
「うん。それでそこのお堂の軒先で雨宿りをしたんだよ。どう、ここまででなにか思い出した?」
「うーん、ごめん、やっぱりぜんぜん覚えてない…………え? まさかそのときに、俺はそんなことを言ったのか?」
「もう! ほんとに記憶にないんだね。わたしにとって大切な思い出なのに……」
「いやシチュエーションはともかく、これって俺が好きなぱんつの色を知っただけの話だよな。どのあたりが大切になるのか、まったく理解できないんだけど」
「まだ続きがあるの! ここからがいい話なの!」
「ほんとかよ。ここからの
「いいから、聞いて! わたしはその日、白いワンピースを着てたの。お寺に着いたときはびしょ濡れで、下着も透けてたの」
「そ、それで?」
なんか話が見えてきたような……
「濡れている服を着ているのが気持ち悪くかったから、お互いに下着だけになって温めあったんだよね」
全身の血が顔に集まったみたいに熱くなる。
あった、たしかにそんなことがあった。子供の時だとはいえ、目の前にいる琴乃とそんなことをしていたのを思い出して悶えそうになる。
そんな俺とは対照的に、琴乃は平然と話を続ける。
「しばらくの間、京ちゃんとそうやって裸で抱き合ってたんだけど」
裸で……抱き……なんというキラーワード! 琴乃の発する言葉に俺は殺されてしまいそうだ!
この場から逃げ出したい気持ちになる。
琴乃と目を合わせるのがつらい……
「雨がやんでるのに気がついて、空を見上げたら虹がかかってたの。その空を見つめながら、京ちゃんはわたしの肩を抱いてこう言ったの」
「な、なんて」
「『俺、水色が好きだ』、って」
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!」
「えー、ほんとだよ!」
なんてことだ。どうやら小二の俺は変態だったようだ……
琴乃はそのときの出来事を思い出しているのか、心なしかうっとりと目を細めている。
その思い出のどこにそんな表情になれる要素があるんだ?
いや、それよりもなにかひっかかる。
たしかに寺で雨宿りをした記憶はある。
ただ発言については、そう言ったような気はするが、はっきりとは覚えていない。
子供の俺は、なぜそれを琴乃に伝えようと思ったんだ? いくら水色のぱんつが好きでも、話の脈絡がなさすぎる。
ぱんつ……水色……雨宿り……見上げた空――――あ! そうか!
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