第7話 「パンチラ」編 ④

 手持ちぶさたなので、テレビをザッピングして待つこと数分。


 あらわれた琴乃は、上はさっきから着ているいつものスウェット、下は制服のスカートというアンバランスな格好だった。


「おまたせ! 京ちゃん」


「別に琴乃を待ってなんかいないけど」


「ほんとかなー。わたしが戻ってくるまで待てないんだったら、さっさとお風呂に入っているはずなのに」


「う、うるさいな。この番組を見終わったら入ろうと思ってたんだよ」


 琴乃に指摘されて恥ずかしくなった俺は照れ隠しで、見ていたわけではないテレビのディスプレイを指さす。


「へぇ、京ちゃんは株に興味あったんだね。知らなかったなー」


 琴乃は口元をにやにやさせながら俺の顔をのぞきこむ。


 テレビは『本日の株式市場の動き』を放送していた。


「こ、高校生が株に興味をしめしてなにが悪い! なんせ俺の夢はデイトレだからな!」


 恥ずかしさから、勢いだけの適当な嘘をつく。


 琴乃は小鳥のように小首を傾げ、口をぽかんとあけていた。


「でいとれ? 筋トレみたいなもの?」


「違うわ! デイトレーダーの略だ!」


「ふーん」


 興味薄っ! まぁくいつかれても困るんだけど。


「それよりさ、どう?」


 琴乃はソファーに座ってる俺の目の前で、スカートの裾をつまんでひらひらさせる。


「なにがだ? こんな夜遅くに学校にでも行くのか? なら、スウェットではなくブレザー着たほうがいいぞ」


「もう!わかってるくせにー! あ! じゃあちょっと待ってね」


 琴乃はその場でくるりとターンして俺に背をむける。


 そして手際よく腰のあたりでスカートを二回ほど折り返した。


 裾がみるみるうちに短くなり太ももの半分以上があらわになる。


「て、なにしてんの琴乃?」


「これだけ短いと見えちゃわないか心配だなー」


「すごい棒読みだな。ていうか見ないから」


「えーせっかく着替えてきたのにー」


「お前さ、幼なじみに下着を見せるのに必死になりすぎじゃね?」


「だって京ちゃんってパンチラでドキドキしたら、その子のことが気になる女子になるんでしょ?」


「たしかにさっきそう言ったけど」


 ん? 琴乃は俺をドキドキさせたいの? それって、つまり……どういうことだ?


「わかったらそこをどいて」


 ソファーに座っていた俺をシッシと追い出して、琴乃はスカートが広がらないようにお尻を押さえ、空いたスペースに腰をおろす。


「京ちゃんはそこに座る」


 座布団をビッと指す。


「なんなんだよ。俺んちだぞ、ここ」


 ぶつくさ言いながらも琴乃の指示にしたがってしまう俺。


 子供の頃から琴乃のわがままにつきあい続けた結果、体にしみこんでしまっているのだ。


「で、次はなんだよ?」


 顔をあげると、ちょうど真正面に琴乃の足が。


 膝をぴたりと閉じているので下着は見えはしないのだが、目のやり場に困る。


「んー、京ちゃんはどうしてほしいのかな?」


「べ、べつに琴乃にしてもらいたいことなんてなにもないし」


 そっぽをむいてテレビのディスプレイに目をむける。


「京ちゃんのそのやせ我慢がいつまで続くのか見ものだねー」


「なんとでも言ってろ。俺は絶対に振り返らないからな」


 テーブルに頬杖をつきあぐらをかいて、俺は意識をテレビに集中させる。


 テレビの音だけがリビングに響きわたっていたが、しばらくするとそのなかに微かにだが衣擦れする音が混ざっているのに気づいた。


 背後で琴乃はなにをやってるんだ?


 耳をそばだてると、ソファーに布がこすれる音のように聞こえる。


 ソファーに触れている布はスカートだろう。ということはソファーとスカートが擦れているということか?


 音が聞こえてくる間隔は頻繁にではない。


 サッという衣擦れの音が聞こえると一旦静かになり、またしばらくすると同じようなサッという音が聞こえてくる。


 想像力を駆使しても、琴乃がいま背中越しでなにをしているのかさっぱりわからない。


 気になるけど、ついさっき『絶対に振り返らない』と宣言したばかりなので、いま振り返るのは非常にばつが悪い。


 なので、頬杖で支えてる顔の位置を、少しずつ琴乃のほうにずらす。


 じっくりと時間をかけて顔を動かせば、琴乃にばれることはないだろう。


 あせらずに、ゆくっりと。


 気づくなよ、琴乃。


 祈る気持ちで顔をずらし続け、ようやくその謎の音の正体を俺は目にすることができた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る