第3話 「裸エプロン」編 ③

「京ちゃん、今日は早く帰ってくるんだよ!」

「なんで? なんかあんのか?」

「うん! 京ちゃんが喜ぶようなこと!」

「は? なんだそれ?」

「それは帰ってからのお楽しみだよ!」

「て、なんだよ、それ」


 今朝琴乃に言われたことが気になりすぎて、一日中ずっとうわの空だった。


 そうでなくても授業中はいつもほうけているというのに。


 下校中も考え続け、自宅にたどり着いたときにようやく俺の頭に答えが閃いた。


 琴乃が言う俺が楽しみにするものと言えば、もうこれ以外は考えられない!


 そう、裸エプロンだ!


 もちろん一番最初に思いつかなかったわけではない。ただ幼なじみ相手にそんないやらしい姿を想像するのは咎められたし、なにより照れくさい。だから頭の中から排除していた。


 でも自分の家を目の前にして俺はなぜだか確信した。いやただの願望なのかもしれないが。とにかく裸エプロンしかないと思うに至った。


 それに琴乃が裸エプロンになるというのは、別に俺がお願いしたわけでもなく、あいつの意思でおこなっているわけだ。


 いくら兄妹のように育った仲とはいえ、個人の意思は尊重しなければいけない。俺がそれを止めることなどできやしないのだ!


 自分でもよくわからない理屈を携えて、期待を胸に玄関の扉を開けると、キッチンのほうから琴乃の「おかえりー」という声が聞こえてくる。


 スリッパをパタパタとならして玄関に向かってくる足音がする。

 

 いよいよ裸エプロンのお出ましだ!


 早く琴乃の姿が現れないかと期待で胸が高まる。


 足音がどんどん玄関まで近づいてくる。そして――――


 あらわれた琴乃は、いつもと変わらず制服の上からエプロンをつけていた。


 あ、あれ…………?


「おかえり、京ちゃん! ん? なんかがっかりしてない?」


「はあ? そんなわけないだろ? なに言ってんだよ、琴乃」


「そうかなー。なんか、わたしが裸エプロンしてないから残念みたいにみえるんだ

けどな」


「バ、バカなこと言うなよ! ああ勘違いも甚だしいわ」


 さすが長い付き合いのある幼馴染みだ。完全に心の中を見透かしている……


「ふーん」


「な、なんだよ」


 ジト目の琴乃。


「別になんでもないよ。でも……ほんとは見たいんでしょ?」


「だ、誰が! お前のそんな姿を見ても喜ばねぇよ!」


「……そっか、京ちゃんはわたしの裸エプロンを見たくないんだ……」


 わずかに目を潤ませて寂しそうに琴乃は呟く。


 琴乃のこんな顔は見たくない!


 だから俺はつい余計なことを言ってしまう。


「い、いや、琴乃の裸エプロンを見たくないわけじゃないんだけど、俺と琴乃は家族みたいなもんだし、妹の裸を見たい兄ってちょっとアレなわけで、その、なんていうかさ、ほ、ほら、わかんだろ!」


「全然わかんないよ! それに裸エプロンを見せるとは言ってないし」


 制服の袖で目元を拭うと、勢いよくかわいい舌をベーッとだしてくる。


「でもね、京ちゃんがわたしの裸エプロンを見たいっていうのは伝わってきたよ」


「見、見たいとは言ってないだろ! え? でも伝わったってことは、じゃ、じゃあ」


 琴乃はこくんと小さく頷く。


 心臓がドクンと大きな音をたてて跳ねた。


 見たい。琴乃の裸エプロンが、見たい。たとえ変態兄貴だと言われようと!


 琴乃はしばらくの間上目使いで俺を見つめていたが、ふいに真剣な顔つきになると、なにかを決意したかのように唇をキュッと噛んでから口をひらいた。


 も、もしかして――――――――――――


「だけどね、いま……は……着ないよ」


「な、なんで? この流れだったら――」


「だって、裸エプロンはが着るもんなんでしょ?」


 言葉を遮るように、俺の唇に琴乃は小さな人差し指をピッとあてていたずらっぽく笑った。


 そうして琴乃はキッチンへ戻り、なんだか機嫌がよさそうに鼻歌まじりで料理を再開した。


 は? なにそれ? ぜんぜんイミフなんですけど……。


「あ、今日の晩ご飯は京ちゃんの好きなクリームシチューだよ!」


「ワーイ、ヤッター」と棒読みになる俺。


「ね! おうちに帰るの楽しみにしててよかったでしょ」


 あ、俺が喜ぶことってそういうことね……はあ……なんだよ、それ! 期待させるだけ期待させやがって!


 マジで琴乃の考えてることが、最近ぜんぜんわかんねぇ!

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