第10話

 フェアリーテイルはデリデビと傾向の似た優しいロックバンドだった。基本はラブ&ピース、たまにセックス&ドラッグなのが入る事も多いけれど、それは作詞が違うらしい。ラブ&ピースはボーカルのユゥリ君で、セックス&ドラッグはギターのリュウ君だそうだ。どっちかって言ったらリュウ君のが怪しいけれど、四人バンドだからドラムスのキリト君とベースのスミレ君も疑いは持った方が良いだろう。左袒君は長い八重歯をぺろっと舐めて、コンビニの袋詰め作業をしている。ちょっとサボっちゃったから、しばらくはコンビニ店員でいるのが私達なのだった。たまに瑠詩葉ちゃんや麻央君が来るのをしり目にしながら、いらっしゃいませありがとうございますまたどうぞ。聞くともなしに聞いている言葉だけどこれがないとちょっと変な気分になるのも確かだった。恐るべし、ルーチンワークの魔術。

「次のフェアリーテイルのライブっていつなんです?」

 やけに値段が高くなったタバコを配列しながら、私は左袒君に聞く。

「来月だ。懐はちょっと厳しいが、都内だから交通費はそんなに痛くないだろう。事務所にも対バンで申し込んでおいたし、まあ大丈夫だろ」

「事務所怖いね……魔王と勇者抱えてて気づかないって相当怖いね」

「ああ、俺もあの社長は怖い。何考えてるか分からないんだ、歳は若いのに世慣れしてるって言うか」

「何歳ぐらいなんです?」

「自称二十四歳。十五歳ぐらいにしか見えないけれど」

「何それ若ッ。どっちにしろ若ッ」

「その若い社長が僕ですよ、っと」

 へ、とカウンターの方を見ると、そこには黒ずくめの格好に真っ黒な髪を長くも短くもなくしている少年――否、少女が立っていた。

「社長!」

 左袒君まで声を上げる。

 え、このおチビさんが……社長?

 呆気に取られているとマルボロ赤、とタスポを出される。私の頃はタバコは大人の象徴みたいなものだったけれど、今は倦厭されるものになったらしい。まあねえ。私も前々世では小児喘息持ちだったのにお父さんが意地でもタバコやめなかったしねえ。あの頃はそれが原因だとわかってなかったのかもだけど、煙にゲホゲホしてる子供見ればわかると思うんだけどねえ。思いながらタスポを確認する。本当に二十四歳だ。写真も偽造じゃない。はーっと思いながら私は社長――水原さんと書いていた――を見る。魔力に近い何かを感じるけれど、それがなんだかは解らなかった。サトウ、と言われはっとして私はマルボロの赤を取り出す。

「こちらでよろしかったでしょうか?」

「ああ、よろしいよ。さて左袒君。最近のデリバリーデビルズの奇妙な行動、どう見ればいいのかな?」

 うっ。

 7:3でのライブ強行。弾丸ツアーへの同行。確かに怪しい。

「まあうちの商品を傷付けてくれなければそれで良いんだけれどね。それじゃ、仕事中に邪魔したよ」

 ぱたぱたとタバコの入ったレジ袋を振りながら、社長は出ていく。

「……本当に魔王と勇者抱えてるのに気付いてないのか、怪しく思えてきた」

「だろ? サトウ」

「それはもういーから!」

「お前が間抜けをするたびにサトウと呼んでやろう」

「サトウのごはんの中傷禁止! 松前漬け分けてあげませんよ、もう!」

「えーあれ我が家の食卓でも好評だったからもう一つ欲しい……」

「私の家でも好評なんです! ねぶた漬け余ってるからそっちにして下さい!」

「相変わらずだねえ二人とも。仲が良いのか悪いのか」

「「良くないっ!」」

 いつものドアから入ってきた瑠詩葉ちゃんに、二人声をそろえて言ってしまったところ、あちこちからお客さんの笑う声がくすくす聞こえた。

 ……ねぶた漬けも絶対絶対、分けてあげない。

 リンゴ地獄に落とすために源たれ投げつけてやる。KNKなめんなよ。上北農産加工の略なんだからね。そのまんま過ぎて知った時はずっこけたんだからね。青森のニンニクとリンゴの力に目を剥くがいい。


 そして一か月。

 あっと言う間にライブの日である。


 西日暮里のライブハウスはそこそこ盛況だった。フェアリーテイルが今回でインディーズラストだからって言うのもあるだろう。物販には残ったグッズが所狭しと並んでいる。デリデビはCDを置くので精いっぱいだ。それでも場所を貰えただけ良い方らしい。まったく。まったく、だ。

 その人気バンドを解散に追い込もうとしていると思えば、ちょっとは罪悪感もわいてくる。否否、でもほとんど魔族だし、お客さん。ほんとここでレイピア振り回したいよ。

 逃げられないように先に演ったのは私達の方だった。中々の人気で、最近では一番受けが良いと言って良いだろう。左袒君のギターもノリノリだ。ちょっと飛んじゃってるぐらいのそれを、瑠詩葉ちゃんのベースが安定させ、バスドラムで麻央君が全体の流れを作る。格好いいなあ。なんてのんきに考えていると、魔族から気配が上がっているのに気付いた。勇者の演奏でノリノリになるなよ、魔族。でも悪魔的と言えばそうかな。デリデビも、お持ち帰りしたい音楽だ。フェアリーテイルのインディーズベストと一緒に。

 いつかのようにパァンと手を鳴らして出番交代、予習しておいた曲によって反応を見る。どれも反応はあるんだけれど、波があった。ほんのわずかな波。綺麗にまとまってやってくるそれは――

 ユゥリ君の曲だった。

 私はバックステージパスを使い、三人にそれを告げる。

「ユゥリさんか――」

「個人的な付き合い、あるんですか? 左袒君」

 手を口で押えたまま、こくんと彼は頷く。

「社長の幼馴染なんだ、ユゥリさんは。それで飲みに行った事が何度かある。その時は気付かなかったが、魔力感知は否定できないな」

「私も順番に波があるのは感じられた。左袒先輩、私情は禁物だよ」

「解っちゃいるが」

 そう、慣れた相手をどうにかしなきゃいけないのは解っていた事だけれど。

 それが長い付き合いになっていると、やっぱり躊躇は生まれるものだ。

 そう言うわけでSNSを使って彼を裏路地に呼び出した。拝啓魔王様の頭付きで。

「ばれちゃったかー」

 ぺろっと舌を出すユゥリ君に、私達は一斉にコスプレイヤーになる。ほ、とさすがの魔王様も息を吐いた。

「ハルカーン王国の勇者、マオ」

「スーベンク王国の勇者、ルシハ」

「シルゼン公国の勇者、サタン」

「アルジャータ王国の勇者、マリン」

 そして。

 彼もジャケットを翻す。

 すさまじい気を纏って。

「魔王ユリウス」

 それからウィンクして、

「面倒だからユーリで良いよ」

 と。

 これから殺し合いをする相手に、言って見せた。

 麻央君が弓を構えようとしたところで、待った、と彼は両手を上げる。

「言っとくが俺は魔王として転生して来ただけでまだ何の悪さもしちゃいないぜ。指示を出した事すらない。ただ歌って踊ってるだけだ。それをどういう理由で殺そうってんだい、勇者さん達よ」

「いるだけで魔族が活発化するんだから仕方ないだろう。お前はこの世界にとって害悪なんだ」

「なんかあった?」

「へ」

「だから俺が生まれて二十四年、殺人率が激高したとか連続殺人が横行してるとかあった? って聞いてんの。活発化してる魔族がいるのは知ってるよ。でも彼らはすぐにそれを日々の生活で消費している。ハラスメントだらけの世界、居場所のない国、辟易してるのはむしろこっちの方だ。だから俺の視察転生を機に一旦魔族の転生は中止させてある。さあ、何が問題だい? 勇者達よ。ちなみに俺の生が終わったらこんな生きづらい世界での転生はやめさせるつもりだぜ。時間軸はそうだな、シルゼンとの戦争前に戻れば温厚に暮らしていけるんじゃねーかな」

「そんな与太をッ」

「信じる信じないはお前達次第だ。まあ俺は追ってこられたら逃げるタイプだとだけ言っておこう。そう、芸能界に」

「そーなっちゃってるんだなーこれが」

 声が聞こえて、私達は振り向く。麻央君だけはユーリに弓を向けていた。

 そこにいたのは――社長で。

「おっと勘違いされたくないから先に言っておくと、僕は大賢者ってやつだ。魔王の転生に合わせて生まれてきた、ね。そして本当に彼は何もしていない。だからレーベルだって繰り上げる事にしたんだ。もしもメジャーで何かやらかしたら、不遇の事故でどうにかなってもらう予定だけれどね」

「社長が大賢者って……」

 やっぱり分かってやってたのかエコーズレーベル。魔力とも違う感じは、大賢者の慧眼だったのか。そしてメジャーレーベルも経営してたのか。どんなだよこの会社。って言うか社長。大賢者じゃあ、仕方ないな。

 くっくっく、笑ったユーリはおーコワ、なんて言っている。だけどそれが信頼ゆえのおどけだと、私にも分かる。

 はーっとため息をついて、私は麻央君の弓に手を翳した。訝しげに彼は弓を下す。

「一応信じますけど、ライブで暴動になったら真っ先に殺しにかかりますからね」

「そうしてくれると助かるよ、真凛ちゃん」


 と。

 そして。


「十年も続くバンドになっちゃってるってどーゆー事ですか!?」

「ま、それはそれで彼らの実力なんだなー。良いじゃんデリデビもメジャーデビューしたし。今年で五年目? いやー若者の活力ってすごいにゃー」

「おかげでこっちはバイトリーダーにさせられて滅多に青森帰れないんですけど!? リンゴぶつけますよ!? 食らえふじ! つがる! 王林! ジョナゴールド!」

「うまうま」

「本当に全弾キャッチして食うなー!  貴重な食糧ー!」

「はっはっは、真凛ちゃんは元気だねー」

「僕達諦めてるのにね……同じ業界に入ったから分かる大変さって言うか」

「おーいサトウ、ねぶた漬け分けてくれー」

「そして当り前のようにたからない! ステイ!」

 赤い髪の見た目悪魔に強く言えるようになりつつ、私達は勇者を続けていた。

 いや、もう私だけじゃないかなそういう責任持ってるの!?

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転生したら転生して勇者とバイト大学生兼業する事になりました ぜろ @illness24

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