第8話

 ティーンエイジは現役高校生のギターポップデュオで、主にアコースティックを使っている事が多い。大きな箱――ライブ会場の事を箱と言うらしい――ではエレキも使っているらしいけれど。学生だからバイト尽くしで大変だそうだ。と、MCで言っていた気がする。まだあどけない顔の純君と和巳君――だったかな、名前は。メインボーカルは和巳君の方だったと思う。彼らが歌い出すと盛り上がるのは女の子達だった。7:3のライブはちょっと左袒君達にはきつかったらしいけれど、私も浄化した魔族達から巻き上げたお金を結構突っ込んでいるので、痛み分けだろう。

 二人は属性の違う私達との対バンを渋っていたらしいけれど、同じインディーズレーベルにいるのだから問題はないだろう、と麻央君が鉄壁の笑顔で押し通した。そう言えばあの時のライブはレーベル縛りだったらしいから、恐ろしいぜエコーズレーベル。エコーズだもんな。act.3までいるもんな。魔王と勇者が在籍しててもおかしくないよな。いやおかしいよ絶対的におかしいよ。もしかして社長が魔王なんじゃ、と言う仮説は一応否定されている。魔王様のライブで、というあの魔王の手のものによって。思えば可哀想な事をしたのか人助けをしたのか解らない。恋人とかいなかったのかな、中間管理職って感じのおじさんだったけれど。私もこっちの世界ではまだ恋人作った事ないな、そう言えば、転生以降は。前の前はお爺さんと呼び合えるパートナーがいた。今は若い頃の顔も思い出せない懐かしい事だ。

 それが何でまた勇者になってここにいるんだろうなあ。秋口の風が寒い避難口で客層を俯瞰してみると、殆どが若いお姉さんだった。高校生の初々しさが堪らないんだろう。魔族の気配は今のところなし。これは空振りかな、と思ったところで、ごうっと巨大な圧力を感じて背中が冷える。

 最前列のお姉さんが、ある曲の出だしからすごい魔力を放っていた。

 ちょっと化粧の厚い三十路前程度のその人は――悪魔だった。

 しかも結構上級レベルの。

 末恐ろしいバンドだぜ、ティーンエイジ。このクラスの悪魔をここまで乱れさせるなんて。


 気付いたのはバックステージにいた左袒君達もだったようで、ややドン引きの顔がこちらからは見えた。客席からはライトや緞帳の関係で見えないだろう。見えてたら大顰蹙だ、危ない危ない。ちかっと眼が合って、こくんと私は頷く。多分彼女は左袒君達のバンドになったら外に出るだろう。そこを私が一人で仕留める、それが計画だった。けれどこんなに強い力を持った悪魔とやり合った数は少ない――でも左袒君達と合流している暇はない。

 案の定出て行った彼女の背に手を翳してから、私はその後ろを追う。すると、彼女の方からこちらを振り向いてにたりと笑った。

「勇者ね? あなた」

 勇者で由羽紗な私はこくりと頷く。

「こんなところで魔王様の露払いができるなんて素敵じゃない。おまけに今私は高揚している。絶好のチャンスとはこの事ね」

「悪いけれど」

 私はニットカーデを翻し、コスプレイヤーになる。夜の道はそんなに人が多くない。いても酔っ払いだ。自分の目に映るものが本物だなんて分からないだろう程度の、泥酔者。だから私は躊躇わない。

「アルジャータ王国付き勇者マリン、ここで露となるわけにはいかない」

「アルジャータ? ああ南の辺境か……そんな所まで魔王様の名声が轟いているなんて、素敵ねえ」

 そして。

 彼女もスカーフを翻し火炎竜の姿を現す。竜の一族は代々魔王に仕えていると聞いた事があった。なるほど、そう言う繋がりか。体高は私の二倍ぐらい、レイピアなんて近接武器じゃ相手にならないだろう。瑠詩葉ちゃんも火炎系魔法使いだし。剣の左袒君はたいして私とリーチが違わないし、麻央君を待ちたいけれどそんな余裕もないだろう。ならば私は私のえぐい戦法で、行くまでだ。この身体にどこまで通用するかは分からないけれど、と神経毒の針を作り出して指に挟み、連続で投げつけてみる。

「こんなもの!」

 硬いうろこに守られた竜の皮膚は腹以外どこに当たってもはじき返されるだけだ。その腹は腕が強情に守っている。

「死ね、勇者――」

 ごうっと口の中で火炎を育てていたそれが、一瞬で消える。

 次の瞬間、彼女はどぉっと道路に向かって倒れた。

 よし。

 最初に背中に何発か神経毒放っておいて良かった。

 ふうっと息を吐いてフツーの人間の姿に戻る。彼女も戻って、ひくひくと痙攣していた。あー豪華なカバン……でも物品は後から足が付くから、抜くなら財布の中の現金だけだ。しかも万札に限る。ってすっごいなお姉さん、十万も入ってるよ。グッズ漁りたかったんだろうなあ。新アルバムも出てたし。まあライブで何曲か聞けた後だ、それを黄泉路の導にしてもらおう。

「魔王は誰だ?」

 私はレイピアを翳して聞く。

 彼女はくッと笑った。

「知っていて吐くと思うか?」

「そうか。ならば死ね」

 脳天に突き立てるとそこから砂になる。おー、良いスーツに良い下着、良いスカーフ。バリキャリだったんだろうなあ。とりあえず財布は戻しておく。と、慣れた気配が後ろから駆けて来るのが分かった。

「真凛ちゃん!」

「瑠詩葉ちゃん、麻央君、左袒君」

「大丈夫、ケガはない!? あいつかなりの大物だったでしょ、って――」

 ひらりと風に飛んでいくスカーフに、麻央君がくすりと笑った。

「心配するまでも、なかったみたいだね。さすが勇者は伊達じゃない」

「もともとは吟遊詩人の護衛だったんですけどね。剣はストレス解消みたいなもんで」

「剣でストレス解消してたのか、すごいなそれは。俺はストレスしか堪らなかったぞ」

「向いてなかったのかもですよ? 私だって最初は重い剣で練習してましたけど、レイピアに転向してからは身体が軽くて軽くて」

「七十迄鍛えぬいた剣をそう言われるとさすがに凹む……」

「七十でこっち来たんですか。スパルタな人生ですね」

「母親の腹の中が一番快適だった」

「「「解るー」」」

 声が揃ったところで、けらけら私達は笑い合った。


 さて。

 次の対バン相手は、ワイルドヘヴン。

 この軍資金で頑張るぞ、っと。

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