第5話

 デリデビの曲は良かった。もうすっごく良かった。私は五千円札を握り締めていつもと違うドアから客としてコンビニに入る。いらっしゃいませ、とフルタイム勤務の左袒先輩につかつか駆け寄って、ぽけっとしたその手に五千円札を握らせた。

「すっごく! 良かったです!」

 それしか言えないぐらいには鼻息の粗い私に、左袒君はぽかんとしている。私は携帯端末を取り出してデリデビが入っているのを示し、ぴょんぴょん跳ねる勢いでまくし立てた。

「ドラムスがこなれて来てからの音の変化も良いし、ベース低めの曲は左袒先輩のボーカルが効いててよかったし、もうなんか全部良かったです! 次のライブっていつですか!?」

「そんなにしょっちゅう出来るもんじゃねーよ、懐事情もあるし。あっと釣銭返すな」

「いりません、お賽銭です、受け取ってください」

「賽銭はねーだろ。お前昨日何時間寝た?」

「三時間ぐらいですかね? ずっとCD聴いててそのまま寝落ちです」

「あははははー左袒先輩が真凛ちゃんに言い寄られてるー」

 響いた声は昨日と同じドアの方から。瑠詩葉ちゃんだ。瑠詩葉ちゃん。瑠詩葉ちゃん!

「瑠詩葉ちゃんのベースすっごい格好いい! こんなに可愛いのにどういう事なの、詐欺だよー!」

 むぎゅーっと抱き着いてみるとピシッと一回固まられた後で、いやあ、と声を出される。

「練習すれば出来るようになるもんたよ。楽器より魂だね」

「ソウル系もやるの!?」

「まだ予定はないけど私が歌えるようになったらやってみたい」

「おい。初耳だぞ」

「言ってなかったですもん。じゃ、そろそろガッコ行こうか、真凛ちゃん」

「うん、瑠詩葉ちゃん!」


 が。

 辿り着いたのは、公園だった。

 いつか私が神経毒を流した男を始末した場所。


「瑠詩葉ちゃん……?」

「魔王の手の者だな?」

「はへ?」

 意味が解らずひと気のない早朝の公園で立ち尽くしていると、ひるんっと瑠詩葉ちゃんはニットを翻して――

 とても見覚えのある装束になった。

 あー……。

 私は理解する。

 勇者同士の同士討ち。

 これは、それだ。

「左袒君を隠れ蓑にしようとしたのかもしれないけれど、溢れるその魔力は隠しきれないよ。否、もしかしたら、あなたが魔王なのかな。由羽紗真凛」

「……すっごい誤解が立ちはだかってるみたいだから、訂正しても良い?」

「どんな誤解だと言うんだ」

 私はコートを翻して、『勇者マリン』の姿を現す。早朝の公園にコスプレイヤー二人。異常な光景だった。

「アルジャータ王国付き勇者、マリンです」

「え……あ、スーベンク王国付き勇者、ルシハです……?」

「…………」

「…………」

「取り敢えず学校、行こうか」

「そ、そうだね」

 瑠詩葉ちゃんは魔王じゃなく勇者だった。それは幾らか私を安心させたし、前世の話をできる友人が出来たのも嬉しい事だった。しかも専攻も同じだから、学校でくっ付いて歩いてても何の不思議もない。たまにちょっとバーに繰り出して、大体さあ! とカルアミルクで酔っ払う彼女の愚痴も聴く。

「魔王の特徴なんて全然聞いてないんだけど! 取りあえず魔力は隠せるって聞いてるけど、元々魔力のある人間なんて少ないじゃんこっちの世界ではー! なのに世界を救えとかちゃんちゃらおかしーっての! あははは!」

「瑠詩葉ちゃん、お酒は静かに飲もうね。でも確かに私も聴いてないな、魔王の特徴。そう言えば瑠詩葉ちゃんの固有スキルって?」

「魔力感知と炎術! 真凛ちゃんは?」

「神経毒とその発射、かな」

「結構えぐいねー。武器は?」

「レイピア。高校ではフェンシングもやってた」

「何それすげー! うちの学校レスリング部ぐらいしかなかったよ、面白そうな部活! 入っときゃよかったー」

 けらけら笑う瑠詩葉ちゃんとの会話は、他には多分MMORPGの話ぐらいにしか聞こえなかっただろう。と思いたい。あんまり大声を出すから、向こうの言葉に変えたこともあるほどだった。案外舌は回るもので。お互い懐かしんだりしたのは向こうの世界だ。七色インコ、一日に五回色を変えては枯れる牡丹。お国言葉を教え合ったりもした。そして私はどちらかと言うと青森訛りを乞われた。何故に、と言うと、じょんがら節が好きなんだけれど、ライブのビデオで何を言っているのか解らないから、だとか。津軽じょんがら節か。私下北だから微妙に敵なんだけど、知っていることは教えられた。携帯端末に入っているビデオを見て、マンツーマンで講義して見たり。

 そんな楽しい日々も過ぎて、次のライブが決まった時。

 瑠詩葉ちゃんは真剣な顔で、私に向かった。

 コンビニの飲食スペースで。

「実は、私は麻央先輩が魔王なんじゃないかと踏んでるんだ」

 ドーナツを落としそうになって、慌てて受け止める。優しく笑う麻央君が? あのひょろい腕で案外力がある(実家から大量に送られてきたリンゴも軽々運んでくれた)麻央君が?

「だって、彼のドラムに共鳴する魔族が多すぎる。真凛ちゃんだって気付いたでしょ? 前回のライブに来ていた殆どが、魔族だったって事には」

「それは――そうだけど。単純に良い曲だから感動したって可能性は?」

「真凛ちゃんは感動するの?」

「う、うん」

「ダメだよ、しっかり自分持たなきゃ。乗っ取られちゃう」

 駄目だしされた。ひそやかに凹む。

 そうだ、それにあの時始末した魔族は言っていたんだ。

 『魔王様のライブの後で』、って。

 それを伝えると、やっぱり、と言う顔で瑠詩葉ちゃんは頷く。

「次のライブの打ち上げ後で、二手に分かれよう。私は麻央先輩を、真凛ちゃんは左袒先輩を。同じ公園の中だから、私の魔力が無くなったら全力で左袒先輩と逃げて」

「そんな、瑠詩葉ちゃんだけ置いて行くなんてっ」

「こっちはこれでも四十年、魔法使いやってたのよ。ダイジョーブ、問題ないよ」

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