第4話

 あんまり音楽に興味のなかった私にとってライブハウスとは割と異様な空間であるもので。ドリンクチケットをさっさと使ってノンアルコールカクテルを一杯やっていると、一つめのバンドが始まった。フェアリーテイル――御伽噺、なんて名前に似合わず優しい感じのロックで、これはちょっと買ってみても良いかな、でも置く場所とかお金がなーと思っているうちに終わってしまう。ぱちぱち拍手をしてから、次に出て来たのが左袒君――デリバリーデビルスだった。

「フェアリーテイル!」

「デリバリーデビルス!」

 バァンと手を鳴らしてバトンタッチすると、わあっと会場も盛りあがる。

 って言うか――

 お客、殆ど魔族なんですけどここで勇者モード入ったら流石にまずいよな……。私がやられるわ、五十人強は。

 デリデビ(めんどくさいから略す)はスリーピースバンドで、左袒君はギターにボーカル、ベースの女の子、ドラムスの男の子だった。ここで知識の古い私としてはいつか女の子をめぐって解散かな、などと思ってしまうのだけれど、三人はとても息の合った演奏をしてくれていた。一生懸命会場を盛り上げようとする姿は感動すら覚えるほどの必死さ。ロックの中のラブソング。悪魔なのにそれは優しく響く。甘いメロディから一気にガシャガシャしたものになって、そのギャップがまた楽しかったりして。

 四曲ほどで次のバンドに移ったけれど、私は早速バックステージパスを使って三人の元に向かった。ひょこ、っと私が顔を出すと、缶ビールで一杯やっていた左袒君とばっちり目が合う。ちょっと居心地悪そうなのは、さっきまで格好つけだったからだろう。真っ赤な髪と牙は変わらないいのに、おかしいの。くすっと笑うと、ベースの女の子が何々ー? と話してくる。

「左袒君の知り合い? バックステージパスなんて渡すって事は、彼女?」

「ちっげーよ瑠詩葉、俺の女の好みは知ってるだろ」

「むちむちの年上おねーさん」

「裸に黒の革が似合うと更に良い」

「いらんことまで言わんで良い、麻央。で、どーだったよ、俺達の演奏は」

「すごかった!」

 思わず素で叫んだら、待機中や終わったバンドさん達に訝しげに見られてしまったけれど、それでも伝えずにはいられなかった。

「左袒先輩にあんな特技があるなんて全然知らなくって、すっごく格好良くてびっくりした! 人って誰でも個性があるんだって思った! ベースもドラムスも息ぴったりで、なんかしっかりまとまってる感じがして、何かもうわーってなった!」

 身振り手振り伝えようとするけれど掴もうとするたびに言葉が逃げて行って、結局感嘆詞での説明になってしまったけれど、三人は嬉しそうにおかしそうに私を見ていた。だってもー、……もー! だったとしか言い方がない。生演奏を聞くのが初めてだったせいもあるんだろうか、とにかく感動してしまったのだ。すごい。こっちに引っ越してきてよかった。青森にはライブハウスなんて小洒落たものは少ないのだ。あっても夜間営業だと未成年お断りだし。高校生の頃はメイクとかで大人っぽく見せる事は出来なかったから、尚更だ。


 それにしても、瑠詩葉ちゃんに麻央君か。

 ……ルシファーと魔王でなんか混乱してきましたよ、っと。

 あの魔族たちは誰を見に来ていたんだろう。


「それにしても由羽紗さん、一人で来たの?」

「へ?」

「友達とか誘ってくれたら当日チケットもあったのに」

「あの、何で名前、麻央さん」

「あれ、解んない?」

 くすくす笑った麻央君は、荷物の中から帽子を出して顔を半分隠して見せた。

「いつもお世話になっております、黒ヒョウ宅配便です」

 あ……あー!

「嘘っ嘘嘘、こらこそいつも母がお世話になっております! うわーびっくりした、こんな偶然あるんですね!?」

「偶然で言うなら私だって偶然だよー由羽紗真凛ちゃん」

「え、え?」

「H大で一般教養が同じクラスの、嘉成瑠詩葉です、っと」

「えー!? じゃあこんな私の近く人だったんだ皆……」

「そりゃ地元のライブハウスなんだから当たり前だろサトウ」

「サトウはもう良いですから! それにしてもびっくりした……大学一緒とか宅配のお兄さんとか本当びっくりした……」

「ま、ちょっとドーラン塗ってお化粧とかもしてたから気付かなかったのかもね」

「ところでサトウって何? 左袒先輩」

「あーこいつが炊飯器のスイッチを」

「言わなくて良いからああああ!」

「……お前良い声してるなあ」

 いらん賛辞を受けつつ、私は自分の近くの異様さに呆れかえってしまっていた。

 魔王クラスになると気配も完全に遮断出来ちゃうから、私の魔力感知も意味がない。これで左袒君じゃなく瑠詩葉ちゃんや麻央君が魔王様だったら笑い話で済まないな、なんて思いながら私はちゃっかり打ち上げに混ぜてもらい、情報を聞き出した。


 瑠詩葉ちゃんは香川県出身、十六歳で上京。うどんがソウルフードで丸亀製麺のない地区に引っ越してきてしまったことを心底から後悔している。年は私と同じだから十九歳、左袒君とは高校の軽音部の先輩後輩だったそうだ。麻央君は華奢そうに見えてドラムで鍛えた腕を買われ、運送会社に就職した二十三歳。こっちは左袒君の軽音部の先輩だったらしく、街でばったり出くわしてからこのバンドは始まったらしい。

「でもなんでデリバリーデビルス、なんて名前にしたんですか? ロックバンドだけどラブ&ピース系しゃないですかあ」

 私がちょっとだけカルアミルクで酔っ払いながら訊ねてみると(このぐらいは役得よ)、うーん、と麻央君が答えてくれる。

「どこでも持ち歩ける悪魔的音楽になりたかったから、かな」

「なんですそれぇ」

「昔はカセットテープレコーダーに電池詰めて歩いてる人もいたでしょ? それがポータブルCDプレーヤーになり、MDプレーヤーになり、今じゃMP3プレーヤーだ。携帯端末で聞く人だっている。だからそれのどれにでも対応できるCDをまず買ってほしくて、デリバリーデビルスって感じかな」

「あはは、カセットとか懐かしー!」

「知ってるの? 由羽紗さん」

「知ってますよー実家で現役ですよー。小ささで言うならMDが一番手軽だったなあ。あれで高校通ってたもんですよ」

「由羽紗さんの歳が解らない……」

「ぴちぴち大学生です☆」

「私も解んないよカセットテープとか……レコードプレーヤーは実家にあるけれど。あとアナログ出したりするバンドもあるしね」

「へー! でもそれだとMP3に取り込めなくないですか?」

「ため口で良いよー真凛ちゃん。今はアナログレコードをMP3変換できる機械もあるんだ、PCにUSBで繋いでさ。音質が不思議で病みつきになるから是非うちのバンドでも出しいんだけど」

「「そんな暇も金もない」」

「……だからさー」

「お姉ちゃんの胸でお泣き!」

「お姉ちゃん! って誰がじゃ!」

 けらけら笑い上戸の瑠詩葉ちゃんは魔王じゃないと良いな、にこにこ笑ってる麻央君も。出来れば左袒君だってそうであって欲しい、あの演奏を聞いた今となっては。

 でも勇者は魔王がいなくては成り立たないのだ。

 お先に失礼して何人かに付けてあった神経毒で固まって身体を麻痺させている一団を見付け、私は勇者マリンの装束に変身する。幸いもう遅い時間で人通りもない。

「魔王の手の者だな?」

 酔っぱらってるのを気付かれないように、低い声で私はレイピアをかざす。

「……へへっ」

「何がおかしい」

「魔王様のライブの後で最高の気分で殺されるんだ、悪くない」


 中年男性はそう言って目を閉じる。

 やっはりあの三人の中に魔王がいるのか――。

 レイピアをさばいて、私は彼らを浄化した。

 勿論散財した分のお金を財布から取るのは忘れずに。

 いやー飲み屋って結構かかるのよね、これが。


 左袒君たちのCDは試しに一枚買ってみたけれど、ライブで聞くのとは違ってょっと重低音が足りないかなって感じだった。それでも良い事は良くて、ファンになっちゃったら私勇者的にどうなんだろうなあ、なんて思ってみたり。

 でも本当、音は良いんだよね音は。左袒君の歌声も良いし、なんだってこんな素敵なバンドと宿命的な出会いしちゃったかなあ私。大体私魔王倒せるレベルの勇者だったんだろうか、そこからまず謎なのよ。王様は私が腕利きの護衛人だからってだけでこっちに飛ばした節があるし、他にもこっちに何人か送り込んでるよーな話もしてたし。だとしたら嫌だなあ、下手すると同士討ちって場合もあるじゃない。魔力の感知でしか転生者を見分けられないとなると、ある程度魔力の強い人間にも反応しちゃうって事で、間違って私以外の勇者を殺しちゃうこともあるわけで。こうなってくるとあの異世界の方が恋しく感じられるんだから不思議なもんだわ。私こっちの世界で八十八歳まで生きたのよ? 向こうの世界では二十五年しか生きてないのよ? そんでもってこっちの世界でまた二十年弱だよ? おかしくない? ねえ、おかしくない?

 直前までいた世界の方が恋しく感じられるものなのかな、これって。だとしたら今からサンシャインビルの屋上(あるのか入れるのかも知らないけど)から飛び降りたりしたら、またこっちが恋しくなったりするのかな。でも痛いのは嫌だなあ、こっち来る時も魔法陣に飛び込むだけだったからよかったけれど、生まれる時には肺から羊水出すのにえれえれ言いながら吐いて大泣きだったし。お母さんのお腹の中で暇つぶしに蹴り蹴り遊んでた数か月がどんだけ幸せだったかって感じだよ。そうだお母さんにお父さん。やっぱりこっちで無暗に死ぬことはできない。ここまで育ててもらったんだから、孫の一つ二つ見せて介護もきっちりして――って考えたら、私の人生の自由時間、少なくない? 今しかなくない?さっさと魔王倒しちゃわなきゃなんなくない?

 あーもーめんどくさい! こうなったら課題やろう課題! 私は小さな机に向かってロックを聞きながら、ふんふん鼻歌交じりに古典を開いた。


「先輩、CDって手元で販売してるんですか?」

「あ?」

 後日、バイトにて。

 私はちゃっかりファンになってしまったデリデビのCDの事について聞いてしまった。

 だって良いんだもん凄く波長が合うんだもんデリデビの曲! カラオケに入ってないのが勿体ないからアカペラでヒトカラ行っちゃったぐらいだよこっちは! だからもっと欲しい! 聞きたい! 思ったらまずメンバーがいるバイト先にGOしてしまうのは当たり前だと私は思うんだよ、徒歩で五分のバイト先にGO! だよ!

 左袒君はちょっと面食らったような顔になって、それから私に『気に入ったのか?』なんて聞いてくる。はいと素直に答えるのに吝かではないけれどちょっと恥ずかしさはあって、ええ、まあ、みたいな曖昧な答えをしてしまう。

 すると左袒君の顔がぱああっと輝くように微笑んだ。

 傍から見ると牙を剥き出しにしたようにしか見えないけれど、それは彼の笑顔だと、半年弱のバイト経験で私は知っている。

「そっか、手元に何枚かあるけど殆どはインディーズのレーベルに委託してんだよなあ……取り敢えずあるのだけでも持って来る、お前かったのどれだ?」

「い、一番最初の奴です。クライン・ハデス」

「実はそれ二枚目なんだぜ。一枚目はもう売り切っちまったからなあ、再販するにも微妙な数で、だからCDに焼いてやるよ。お母さん、俺ちょっと部屋に物取りに行って来るから!」

「はいよ、気を付けてね」

「あーい!」

 左袒君は言ってバックに消えていく。母屋と直通の通路があるから、そっちから持ってきてくれるつもりなんだろう。いや別にバイト終わってからでも良かったんだけど、なんか尻尾でも振りそうな駆け足されるとこっちも弱いと言うか可愛いと思ってしまうと言うか。そしてお母さん呼び、初めて聞いた。幸いレジは空いてる時間だしおばさんも品出しをしている最中だから問題はないんだけれど、けれど、なんか。

(魔王候補を可愛いと思ってしまうなんて……)

 私本当に勇者やれんのかなあ、こっちの世界でも……。

 左袒君が持ってきてくれたアルバムは二枚と、無地のCD一枚だった。これが一枚目な、と指さされて、私は張子の虎のようにこくこく頷く。良かった、昨日倒した連中からちょっと多めにお金取っといて。と、財布を出そうとするとストップを掛けられた。

「へ?」

「お前が聴いてからで良い。値段は別に問題じゃねーしな。まあ制作していくとなると重要だけど、今はまだいい。昔の方が良かったとかだったら虚しいしな。だから、お前が聴いて、一枚千五百円払っても良いって思えるもんなら明日のバイトで持ってこい」

「い、良いんですかそんなどんぶり勘定で」

「何枚かは自分で引き取ったのだしな、勘定にそもそも入ってねーんだよ。ストリートライブなんかで売れたら儲け、みたいなな。あ、いらっしゃいませー!」

「い、いらっしゃいませ!」

「だからまずは俺の歌を聞け。話はそれからだ」

 きしきし牙を尖らせている左袒君は。

 本当、魔王であって欲しくなくて。

 あーあ、なんだってこんなことになっちったかなあ……。

「あの子かあんな上機嫌なの久し振りだわー由羽紗ちゃん、ありがとね」

「な、何にもしてないですよ」

「あらほんとかしら」

 おばさんにうふうふ言われて、ちょっとしゃがみ込みたくなった。だけどレジでそんな事はしていられない。昔から貧血体質ではあるけれど、こんな所でそんな醜態をさらすわけには。あーいつもよりちゃんとメイクして来てよかった。赤面もばれないもんね。

「いらっしゃいませ……ってあれ、麻央さん?」

「あ、由羽紗さん、やっほー。小包の回収に結構よくここ回るんだよ、気付いてなかったでしょ」

「恥ずかしながら……」

 あはは、と笑うのは麻央君だ。そうか、よく来てたのか、今度からは気を付けて業者さんも見よう。そして預かり品の小包を出して来なければ。と思うと、すでに後ろで左袒君が待機していた。結構な大荷物だ、お歳暮の時期だしな。慌てて避けて邪魔にならないようにすると、二人は事務的な会話だけでやり取りを済ませる。昨日はあんなに仲良さそうだったのに、と首を傾げると、んだよ、と左袒君にも首を傾げられた。

「いや、なんか、やりとりが冷たいなーって……」

「お互い仕事だ、あんなもんだろ。お前は無駄口叩きすぎ」

「あうっ」

 こんっと頭を叩かれて、でもそれは悪い気分でもなかった。

 でも本当、昨日はあんなに仲よさ気だったのになあ……?

「どーしたのっ真凛ちゃん?」

「はへっ」

 突如声を掛けられて驚いたのは、カウンターから見えない位置にある自動ドアから彼女が入って来たからだろう。瑠詩葉ちゃんだ。

「いや、えっと、さっき麻央さんが来たんですけど結構事務的な会話しかしないのに驚いて」

「あはは、バイト中だもんー。真凛ちゃん、私にはコーヒーお願いねっ」

「は、はいっかしこまりました、アイスですかホットですか?」

「アイスで! 氷ガッシャガッシャに入れて!」

「そうするとコーヒーがあんまり入りませんけど……」

「いーのいーの、どーせ左袒先輩見に来るついでだし」

「先輩を?」

「なーんか昨日嬉しそうだったからさっ。理由は聞かずともがな、言わずともかなでしょ」

「えっと」

「真凛ちゃんが来てくれたからだよ、ライブ。見た目で恐がられるからあんまり人誘っても来てくれない事が多いんだけど、割引チケットでも来てくれたのが嬉しかったみたいでさっ。ところで真凛ちゃん、寮住まい? アパート?」

「近くのアパートだけど……」

「じゃあ今度からはさ、一緒にいこーよ大学っ。私ジモティーなんだけど友達でH大進んだ人少なくってさー!」

「無駄話するなって言ったばっかだろ」

「あうっ」

 べしんとバインダーで頭を叩かれ、振り返ると左袒君が呆れ顔で立っていた。

「左袒先輩やっほー! じゃ、明日の一限の一般教養からここで待ち合わせね、真凛ちゃんっ!」

 コーヒーマシンの方に進んでいく瑠詩葉ちゃんに溜息を吐きながら、あの自分主義め、なんて左袒君は言う。左袒君も十分自分主義だと思うけど――まあ良いか。何かにひたむきになれる様子は好感が持てるものだし。って、だから魔王候補に好感を持っちゃダメだって私。

 はーっと息を吐いて、でもにへらっと私は笑ってしまう。

 デリデビの曲聞くの、楽しみだなー、なんて。

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