第3話

 勇者としての活動は主に街の探索だ。お宮なんかは避けて行くのが魔族の特徴だから、広くもない街を一周するのは容易かった。道路整備もされてて歩きやすい、と思うのは私が畦道ばかりの前世を送った所為もあるのだろう。馬車が途中で引っ掛かったり、蹄が割れたのを蹄鉄打ち直したりと、私は結構何でもやった。さて今日は隣町まで足を延ばしてみようか、思って靴をグリンっと回転させると、そこには。

「うげっ」

「人見つけて『うげっ』はないだろ」

「ありますよ――左袒先輩」

 パンクな革ジャケにダメージジーンズ、ギターケースを背負った左袒君が私の真後ろを歩いていた。

「どこ行くんだ? 散歩なんかしてられるほど大学の成績か良いなら特に何も言わねーけどよ」

「頭良いですよ失礼だな! 私だって四年間過ごす町なんだからちょっと探索してるだけですよ、左袒先輩こそどうしたんですかそのカッコ」

「あー……趣味のゲリラライブ帰り」

 そんな趣味あったのかこの魔王。ゲリラって辺りが金も掛からなくて楽だろうけど、あれって足を止めてもらうのが大変だって気がする。普通にスルーしちゃうんだもん、だって。私も上京して来た時突然横断歩道で歌い出すおにーさんやら公園でギターポップやってる人達を見て仰天したぐらいだし。青森では、少なくとも私の知ってる限りでは、あんなの見た事なかったから新鮮を通り越してちょっと恐怖だった。バイト先でサタンさっそく見つけた時以上の驚きだった。と言ったら言い過ぎかもしれない。多分。多分? 多分……。

「よかったらお前も聴くか?」

「え、それマヒとか即死効力とかないですよね?」

「は?」

 何言ってんだ、と言う顔をされて、ポーカーフェイス得意だな、なんて思う。まあ休日の昼間の公園なら良いだろう、食われることもあるまい。思って先日の公園先日の椅子に腰掛けてもらって、私はその前に立って待ちの態勢だ。大きなハードケースから出て来たのはアコースティックギター。まあ電源がない場所で歌うんだから必然だろう。でも革ジャンとか着てるとどっちかって言うとエレキが似合うよなあ。何となく。ZO-3よりフライングV、みたいな。

「エレキも持ってるんですか?」

 調律しているところに何となく場つなぎで聞いてみる。

「持ってるぜーライブハウスではそっちだ」

「ライブやるんですか!?」

「今度のライブチケット千五百円、今ならお値引き千円ぽっきり。来るか?」

 そう言えばこういうのはハウス代の為にもチケットをとにかく売らなきゃいけないと聞いたことがある気がする。苦労してまで音楽してるんだろう、こっちの世界は細分化された音に満ちているからサタンでも興味深いのかな。思いながら私は財布を出して千円札を出す。毎度、とニカッと笑った左袒君は、牙を見せて笑った。

 チューニングが終わったギターを一通り鳴らしてから、音楽は始まる。


 それはすごかった。

 吟遊詩人達の音より力強く。

 その声の張りはパンパン。

 何より強いのは歌詞。

 まさにラブ&ピース。

 セックス&ドラッグのイメージが強かった私にそれは、

 リンダリンダ以上の衝撃を与えた。


「っと。こんなもんだ」

「お……おおー!」


 思わず拍手をする。思えばアーティストさんの友人なんて初めてだ。いや敵だけど、ボスだけど、でも左袒君の曲はすごかった。音楽大学進めばよかったのに、思った後で言葉にしなかった事に安堵する。コンビニはうちより全然裕福じゃない。近所の大学でも、音大って言うのはお金がべらぼーに掛かるって聞いたことがある。安易に勧められる道ではないのだ、どんなに勿体なくても。


「ついでにこれもやろう」


 ぴら、っと紙切れを渡されて私はきょとんとしてしまう。

「ばっくすてーじぱす……って、何ですか」

「まあ楽屋に入れる券だ。暇だったら来いや、サトウ」

「サトウはもう良くて! でも疲れてるところとか行ったらご迷惑じゃ」

「感想聞かせてもらえるのが特効薬だ」


 きしっと歯を見せて、左袒君は笑った。

 とても楽しそうに、笑った。

 ……いかんいかん、敵の首魁にときめくな私。

 でも勇者時代も初恋とかせずに終わっちゃったしなー。

 ちょっとぐらい、自惚れちゃっても良いだろう。


「ハウスの住所はチケットに書いてあるからな。ちなみに明日だ。お前は非番、俺は全休」

「い、行きますよ! こんなすごいの聴かされて行かない訳ないじゃないですか!」

「すごいの、ねぇ」

 ニヤニヤされるけれど前言は撤回しないのです、私。

 こんなすごいの、絶対絶対生で本番見てみたい!

「ちなみに俺らの出番は二組目、その名もデリバリーデビルスだ」

「軽っ!」

 お持ち帰られて良いのかよ、悪魔!

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