第4話

「私、朝比奈明莉。明莉って呼んで」

「うむ!よろしくなのじゃ、明莉」

 明莉の自己紹介に、上機嫌で返事をする自称神。

「私は岩崎いわさき姫乃」

 私も自分の名前を告げる。

「それで、明莉はどうしてここに来たのじゃ?」

「ちょっと聞いてるの!?」

「ん?ああ姫乃じゃろ。今明莉と話しているのじゃから、ちょっと黙っておれ。わらわは黒髪の人間は好かんのじゃ」

「堂々と人を見た目で判断するな!」

 いくらなんでも扱いの差が酷すぎるだろう。別に私だって好きで黒髪に生まれたわけじゃない。校則で髪を染めることは禁止されているし。明莉の高校は許されているらしく、彼女の茶髪は染めたものだが。

「黙っておれと云ったのじゃが、聞こえなかったかの?」

 その瞬間、部屋の空気が凍った。

 つい先程までおちゃらけた口調で明莉に話しかけていた彼女の姿はもはやなく、こちらを睨めつけるその目は、冷たい光を宿していた。

「では聞くが、お主は何を以てわらわを判断するのじゃ?お主はわらわの本質的な部分を見ておらぬと云うのに、どうしてわらわにはそれを強制できると云うのじゃ?」

「それは……」

 死ぬ……いや、殺される。彼女の機嫌を損ねてしまったばかりに。

 その殺気を一身に浴びて、私は激しい恐怖と共に遅まきながら悟った。彼女は自称神などではなく、本物の神様なのだと。

「まあよい。誰にでも間違う事くらいあろう。わらわとて、自分が常に正しかったとは思うておらぬ。それに、今はお主らがこの神社に来た目的を果たす事に注力すべきじゃな。待たせてすまぬ、明莉よ」

 緊張が、解ける。神様もすっかり表情を和らげ、再び明莉の方に向き直っていた。

「あの……神、様」

「なんじゃ?」

 彼女がこちらに視線を向ける。

「すみませんでした、その……」

「あぁー、もうよいと云ったじゃろ。ちょっと揶揄からかっただけじゃよ。そんなに気にするでない」

『揶揄っただけ』であの殺気が出る。それなら、この神様が本気で敵対者と相対する時は、一体どうなってしまうのか。

 腕に触れると、夏だというのに鳥肌が立っていた。

「そろそろ本題に入るぞ。お主らは此処に何を訊きに来たのじゃ?」

「あの……そもそも、私、なんで幽霊になっちゃったの?」

 それは私も気になっていた事だ。これまで幽霊なんて見た事も無ければ、信じてすらいなかった。なのに、彼女は突然現れたのだから。

「そこからか……。死んだ人間が幽霊となるのは、その者が未練を持っているからじゃ。『やり残した事がある、まだ死ねない』と死の間際に強く思うと、意識が現世うつしよに紐付けられてしまうのじゃよ」

「じゃあ、成仏するには」

「未練を果たすしかあるまい」

 そこまで言った神様は、ふと、私の方を見る。

「但し、今の状態を解消したいと云うだけなら、もっと手っ取り早い方法もある。死神に頼んで強制的に祓ってもらえばよいのじゃ」

 死神。また、私達の日常からはかけ離れた単語が出てきた。

「死神とは、何ですか?」

「ああ、其れも知らぬのじゃな。死神は、悪霊退治専門の神じゃよ。わらわのような所謂普通の神と比べれば、少々格は落ちるがの。悪霊も幽霊も本質的にはそう変わらん。直ぐに終わるじゃろうな」

 神様は明莉をしっかりと見据えて、「どうする?」と問いかけた。

「未練を果たして成仏するのと、祓ってもらうのとでは、どう違うの?」

「成仏すれば、其の魂は幽世かくりよに行くのじゃ。そこで祖霊として現世に生きる者を護ることになる。しかし、死神に祓われるという事は、魂そのものを消滅させると云うことじゃ。後には何も残らぬ」

 依然として明莉を見つめたまま、神様は声を落として、哀しそうに彼女の質問に答える。

「決めるのはお主じゃ、明莉。……どうする?」

 今すぐ祓ってもらえばいいのに。そうすれば、こんな意味のわからない状況は終わる。明日から、また日常が動き出す。

 ──おそらく、それを言わせないために、神様は『決めるのは明莉だ』と明言したのだろう。私が明莉の意を汲んで動いているわけではないことに、気が付いて。

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