第2話

 翌朝、目を覚ました私が最初に見たのは、部屋の中をふわふわと漂いながら眠る幼馴染の姿だった。それも、頭が下で、足が上になっている。

 ……まあ、そりゃあ、幽霊なら浮いててもおかしくはないでしょうね。死んでるんだから。実体ないんだから。

「って、そう簡単に納得出来るわけないでしょ!起きなさい、明莉!他人ひとの部屋で妙なもの見せるんじゃないわよ!」

「ふわぁ……。あ、おはよう、姫乃ちゃん。どうしたの、朝から大声出して……」

 逆さまになったまま、こちらに近付いてくる明莉。

「だから、その格好をどうにかしろって……」

 脳天気な幼馴染を再び怒鳴りつけようとした、その時だった。

「姫乃?何一人で叫んでるの?」

 階下から、母さんの怪訝そうな声が聞こえてきた。

 昨日分かった事だが、どうやら明莉の姿が見えたり、声が聞こえたりするのは私だけのようなのだ。

 彼女と話しているところを誰かに見られでもしたら、精神科に連れて行かれてしまうだろう。まあ、本当に私の気がふれてしまった可能性も、無いことはないだろうけど……。

 ともかく、母さんに気付かれないようにするため、私はさっきよりも声量を抑えて、明莉に言った。

「お願いだから変な格好でふわふわ浮かんでるの、やめて。心臓に悪い」

「はぁい」

 彼女は間延びした返事をすると、くるりと回転し、正常な向きに戻った。

 その呑気な様子を見ていると、昨日の泣き顔は何だったのかと、文句の一つも言ってやりたくなる。それに絆された私も私だけれど。

 まったく、成仏させてやる、なんて軽々しく言うんじゃなかった。おかげで、現状、何の手掛かりも無いまま、この幼馴染と同居させられる羽目になってしまった。

 しかし、一度引き受けたなら、放置するわけにもいかない。

「明莉。今日は行くところがあるから、着いてきてね」

 きょとんとした顔の彼女を置き去りに、私は朝食を取るべく部屋を出た。


 ✿


「ねえ、姫乃ちゃん?どこに向かってるの?」

 朝食を終えた後、タンスの一番上に入っていたTシャツとジーンズを身に付けた私は、明莉を引き連れてある場所へと向かっていた。

「着けばわかる」

「ええー、何それ。ちゃんと教えてよー」

「うるさいな、もう……」

 うっとうしい。わざわざ明莉のために外出してやっているというのに、なんなのだ、この態度は。

 曇っているとはいえ、今は八月。家に引きこもりたくなるレベルの暑さだ。むしろ、雲のせいで湿度が上がり、よけいに不快感が増す。

 なんでこんな日に外に出なきゃならないというのだ。

 そんな不満を込めてため息をつき、歩調を速めて進んでいく。

「今のは教えてくれない姫乃ちゃんが悪いでしょ!」

 騒ぐ明莉を小声で適当にあしらって歩みを進める。

 というか、この子は絶対に自分の立場を理解していない。今明莉と話したら、私は何も無いところに向かって話す怪しい人だと思われる。そのくらいは、ちょっと考えれば分かる筈なのに。

「ほら、着いたよ」

 そうこうしているうちに、私達は目的地に辿り着いた。

「神社……?どうして?」

 明莉が首を傾げて尋ねる。

「私には幽霊の事なんてサッパリ分からない。だから、プロに聞くのが一番理にかなってる」

 私がそう言うと、明莉は小馬鹿にしたような表情を見せた。

「えー?いくら神社の人だって、いきなり『私、幼馴染の幽霊が見えるんです』なーんて言ったら、姫乃ちゃん変人だと思われるんじゃないの?」

「何よそれ。流石にそんな直球で相談するわけないでしょ!あんたじゃあるまいし、ちゃんと考えはあるわよ!」

 つい、声を荒らげてしまった。明莉が顔をしかめる。

「私じゃあるまいしって何!?いつも肝心なところでうっかりしてる姫乃ちゃんに言われたくないんですけど!!」

「はぁ!?明莉には私の考えてる事なんて分かんないでしょ!?私より頭良くないんだから!!!」

「そこで成績を持ち出すとか意味わかんない!姫乃ちゃんこそ、勉強ばっかりして、友達も恋愛も、青春らしいものぜーんぶ犠牲にしてたくせに──」

「あの……。お二人とも、喧嘩はその辺りにして、中へ入ってはいかがでしょうか……」

 明莉の怒号を遮ったのは、巫女装束をまとったうら若き女性だった。目を伏せ、居心地悪そうにたたずんでいる。

「あっ……。ごめんなさい、こんな所で……」

 声をかけられたことで我に返ったのか、明莉が顔を真っ赤にして謝罪する。

 確かに、神様の領域、というかそれ以前に公共の場である神社の境内で、大声を出して言い合いをするのは少々非常識というものだろう。

「申し訳ありませんでした……」

 私も頭を下げて、巫女らしき女性に謝った。

「いえ、次から気を付けて下されば結構ですので……」

 気が弱いのだろうか。応対する声が、消え入りそうだ。

 そして、彼女に関して、もう一つ気になったことがある。

「あの、さっき、と言いましたか?」

「はい……。そちらのお方、幽霊なんですよね。その事でいらっしゃったのではありませんか?」

 やはり、彼女には明莉の姿が見えていたのだ。

 怪奇現象の相談にのってくれると、ネット上で話題になっていただけはある。この神社に来て、正解だったようだ。

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