第1話

 明莉が死んだと知った日から数えて、三日後。葬式会場は、喪服を来た人達で満たされていた。誰も彼も、吸い込まれてしまいそうなほど黒い格好をして、うごめいている。

「姫乃ちゃん、ありがとうね。来てくれて。きっとあの子も喜んでるわ」

 私にそう言った明莉の母親──明子あきこさんは、随分とやつれた姿をしていた。

「いえ……」

 母親に連れてこられただけですので。

 その言葉は流石に飲み込んだ。これ以上彼女の心労を増やすのも忍びない。まあ、面倒事を避けたいと思う気持ちも、もちろんあったけれど。

 可哀想に。まだ若かったのに。

 明莉の死を嘆く声が、あちこちで聞こえる。

 自業自得じゃない。そう思ってしまう私は、冷たいのだろうか。ニュースを見たときから、私は一度も泣いていなかった。泣けなかったんだ。幼馴染が死んだというのに。

 喪服の群れは、なおも蠢き、涙にくれていた。


 ✿


 葬式を終えて、私と母さんは家路についていた。タクシーに乗り込み、先程まで留めていた、制服の第一ボタンを外す。走り出した車の窓から、ぼんやり外を眺めて過ごした。車内は静かだった。

 しばらくすると、タクシーが少しずつ減速するのがわかった。どうやら家についたようだ。

「姫乃、お金払うから、先に家に入ってなさい」

「わかった」

 手を洗い、二階の自分の部屋に向かう。階段の軋む音が、やけに耳につく。

 そして、自室の戸を開けた私は、ありえない光景を目にする事になるのだった。

「おかえり。久しぶりだね、姫乃ちゃん」

 部屋に居たのは、半袖のセーラー服をまとった一人の少女。茶色っぽいボブカットの髪が、さらさらと揺れている。パッとこちらに向けられた顔は、どこかあどけない。そんな少女が、華奢な肢体を投げ出すようにベッドの上に座って、こちらを見ている。

 部屋中にさんさんと差し込む日差し。そこら中から煩く響く、蝉の声。夏らしさの象徴のようなそれらを背景に、彼女はふわりと微笑んだ。それは、まるで天使のような笑顔だった。

 私は、声も出せずに立ち竦んでいた。うだるような暑さの中、理解を拒む脳が、悲鳴をあげる。

「ごめんね、びっくりさせちゃった?」

 その場にへたり込む私のそばに、駆け寄る少女。

 そして私はようやく言葉を絞り出す。

「何で……どうしてあんたがいるのよ、……!」

 それは紛れもなく、一年前のあの日以来、一度も顔を合わせなかった幼馴染の姿だった。

 戸惑う私に、明莉は言う。微笑みながらも、そっと目を伏せて。

「ちゃんと、説明しないとね」

 明莉のこんな笑顔を、とても悲しそうな笑顔を、私は見た事がある。それは、いつの事だっただろうか。記憶にもやがかかったようで、思い出せない。

 哀しい笑顔のまま、彼女は衝撃的な言葉を発した。

「あのね、私、幽霊になっちゃったの」

「何よ、それ……。意味わかんない」

 本当に、意味が分からない。明莉の姿は、あまりにも日常からかけ離れていて。それでも、私がのばした手は彼女の身体をすり抜け、その言葉の正しさを証明していた。

「ねえ、私どうすればいいの?ずっとこのままなんて、嫌だよ……」

 泣き出す明莉。それを見て、私は軽く息を吸い込み、叫んだ。

「じゃあ、私があんたを成仏させてあげるから!だからもう泣かないで」

 別に、彼女に同情したわけじゃない。ただ、この部屋でずっと泣かれるのも困ると思った、それだけだ。

「ありがとう……」

 こうして、私と明莉が一緒に過ごす、最後の夏休みが始まった。

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